「人間とは何か…」を知る旅のはじまり

2025年、ここでも毎回取り上げてきたAIによって考えさせられる一年だった。

ぼくたちは生きている。
当たり前のことだ。
だが「生きる」ということは、「死」があるから「生」の概念が生まれてきている。

今AIは人間がやってきたことを、エクスポネンシャルに次々とやれるようになっている。
そう、AIの発達によってAIの概念が生まれ、ぼくたちは「人間とは何か」を考え始めている。

もちろんAIを生み出したのは人間である。
人間が想像し、「こういったものがあれば」と、人間がやっている知識的なことを、機械でできればと考え、人間の脳を模したディープラーニングの研究からジェネレティブAIが生まれてきた。

つまりジェネレティブAIは、今までぼくたちがやってきた「人間の知の部分」をやってくれるようになってきた。
そこでぼくたちは考えた。
「今までぼくたちがやってきた、人間の持つ知識と言われてきたことは、機械にできることだったのか」

1965年から1990年あたりまで、日本人はエコノミック・アニマル、つまり経済的な動物と言われ、機械のように働くことで経済を伸ばしてきた。
「24時間働けますか」というCMが流れていたのもそのころである。

そのことによってバブルが生まれ、89年の日本の時価総額ランキング50では、5位までを日本企業が占め、全体でもトップ50社の中、日本企業が32社を占めていた。

今年の流行語大賞は「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」となったが、その時代を生きてきた人間として、エコノミック・アニマルのような生き方がしあわせだったかと言えば、違和感を感じてしまう。

24時間働き、とにかくお金を稼ぐことがしあわせなのか…

その後、バブルは弾け、生産の時代から、GAFAMを中心とした情報の時代へと変わった。
日本はその情報の時代に乗り遅れ、お金を稼ぐしあわせからも遠のいてしまった。

そして2025年、時価総額1位に出てきたのは、半導体のファブレス「エヌビデア」である。
そう情報の時代からAIの時代に、変わって行ったターニングポイントの年が、2025年だったのだ。

ぼくは生産の時代から情報の時代、そして今からは「体験の時代」だと思っている。

AIによって、「人間とは何か」をだれもが考え始めてきている。
人間はAIのように、データだけで生きているわけではない。

ぼくたちは、過去、現在、未来という時間の中に生きている。
現在は一瞬のうちに過去となり、未来が現在となる。
つまり過去の自分は死ぬということだ。
人間は一瞬、一瞬、その生死を繰り返し、その繰り返しの中には「体験」があり、その体験のつながりが。自分の自分だけの人生となっていく。

命あるその一瞬、「今」を一生懸命に生きることが、人間として生きることではないだろうか。
データで生きるのではない。
「今」を「体験」とともに生きるということ。
これは「人間」にしかできないことだ。

過去の知識に生きるのではなく、「今」の体験の中で生きる。
そう考えると、人間の生き方は間違いなく変わっていくし、まずあらゆる面において「常識」を変えなければならない。
今、ぼくはひとつの論文に取りかかっている。
大学に携わっていることで、「教育」も変わらなければならないと、論文を書いている。

ヒントは50年以上関わってきているマンガを創ってきた「体験」である。
キャラクターを生きた人間として生み出すために、ぼくの場合はキャラクターの生きている世界に身を置きとにかく、その世界でキャラクターが生まれるまで取材の日々だった。
作るではなく、生み出していく。
そうやってやってきたことが、「人間とは何か」のヒントとして「今」、見えている。

2026年に向けて、やりたいことがまた増えてしまった。

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

旅の空XX
Boxers
80年代、90年代はとにかくボクシングの日々だった。
「あしたのジョー」から始まったぼくのボクシングの旅は
何人もの矢吹ジョーを探す旅であり、矢吹ジョーに出会う旅だった。
勝利と敗北、喜びと無念…
そこには敬虔な生き様がいくつも渦巻いていた。

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