文星芸術大学マンガ専攻特任教授 中国南京電媒南広学院大学名誉授
メディア インヴェント アーチストMANGAイノベーション研究所所長
アニメ・マンガ人材養成産官学連携コンソーシアム委員 副委員長
マンガ・キャラクターDX研究者 メディアプロデューサー
劇画作家・イラストレーター・photographer・ノンフィクション作家
マンガ家・マンガ原作者・ミュージシャンなど幅広く活動。
小学5年のときにマンガ家になると決め作品を描いてきた。
中学生からはマンガ家になるため、夜行電車に乗って20時間かけて東京へ行き、出版社に持ち込みを始めた。
そして高校生のときに週刊少年ジャンプで賞(佳作)をもらった。
その後、プロのミュージシャンになり、マンガの他に音楽、イラスト、写真、ノンフィクション、エッセイ、コラムなど、いくつもの作品をプロとして創作してきている。
だが自分の「軸」は間違いなくマンガにある。
マンガのように曲を創り、マンガのように詩を書き、マンガのように言葉を紡ぎ、マンガのように写真を撮ってきた。
ぼくにとっての表現のすべてはマンガから来ている。
「マンガに生きる」
それがぼくの仕事となり、生き方になっている。
manga
【16フィートの真夏】
主人公ジャッカルは、青森の竜飛岬の近くで育ってきた。
青森の夏休みは短く、2週間しかない。
毎日海へ潜り、アワビやサザエを捕って遊ぶ。
海へ潜れば苦しいが、限界まで潜り遊ぶ。
水面に顔を出し、大きく息を吸い込んだ真上には真夏の太陽があった。
生きていると感じた。
ボクシングのリングは一辺が16フィート
真夏の太陽のような眩しい光の中で闘う。
ジャッカルにとってボクシングは、生きていると感じる真夏だった。
【16FEET GLORY Vol.1】 【16FEET GLORY Vol.2】
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【雑誌表紙】
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【ビクトリー・ラン!】
マラドーナが好きだった。
主人公、結城ランはマラドーナをイメージして生み出した。
レフティで左耳にはピアス。
作画をしてくれた秋月くんを、連載前から取材に同行してもらい、マラドーナも目の前で見ることができた。
いつしか秋月くんはボク以上のサッカー狂になっていた。
そんな二人で生み出したのが、この「ビクトリー・ラン!」。
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【剛球少女】
日本高等学校野球連盟
大会参加者資格・規定第四条第一項に
その学校に在学する男子生徒でなければ
出場を認めない項目がある。
少年野球、大学野球、プロ野球においても、
男子しか参加を認めないと印されているのは
高校野球だけである。
「あきらめない持ちつづければ、夢は必ず叶う!」
父の言葉を心に、女子選手である主人公麻生遙が高校野球に挑む。
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【剛球少女オンデマンド】
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【剛球少女海外版】
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【コスモスストライカー】
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【マッドドッグ拳】
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【覇拳伝ジャナドウ】
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【力男のチカラ 】
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【達摩】
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【タイガー】
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【バーディクト】【ムエイの牙】
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【W杯伝説】【HEAOES】
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【清志朗の蹴り!】
38歳のとき、問題が起きても笑ってごまかしている自分と出会った。
井上陽水の歌に「本音を隠し、建前飾り、笑いは逃げの切り札」
という歌詞がある。
そんな自分と重ね、「清志朗の蹴り!」の主人公清志朗に、笑っての逃げではなく、闘う思いを蘇らせるべく拳を握らせた。
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【一撃】
【有明スプライト】
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【クラウター】【RINGDAM】
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【Agentクロサキ】【RISE 夏の終わりに】
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【ウェーブのいた夏】【オリンピック・オブ・ドリームス】
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【赤毛のストライカー】【いつも…見ていた】
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【大吾のワールドカップ】【サンディゴマラドーナ 前園真聖】
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【ジュール・リメへの翼】【エクストラタイム】
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【ボーン・ファイター】【ギャンブラー】
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【ヒバの拳】【ワンダーマン】
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【ミジガーキ 渇き】
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【ド★ぴんく】
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著作・ムック本・増刊
【拳雄たちの戦場】
「拳雄たちの戦場」は、ぼくが出してきた著作の中でとても大事な一冊である。
20代から30代にかけて20年間、ぼくは毎日のようにボクシングジムに通い、後楽園ホールのカメラマン席でシャッターを切り、日本中、いや世界中ボクサーを追いかけた旅だった。
その原点は間違いなく、小学生のとき出会った「あしたのジョー」だった。
そのときからぼくのボクシングの旅が始まっていたのだ。
この本では、11人のいっしょに旅をさせてもらったボクサーを書かせてもらった。
そして書き終わったとき、ちばてつや先生にゲラを読んでもらった。
ちば先生が、読み終えて書いてくれた言葉。
ぼくの「あしたのジョー」の旅は、作家としてこれ以上ない至福の創作ができた旅だった。
【東洋武術で生命力を高める】
「武術」の「武」とは、「戈(ほこ)」を「止」めると書く。
軸を持つことで、相手の力を自分の力に変えることもできるし、自分の内なる力で自分の生命力を高めることもできる。
取材のとき、中国で出会った老師にいわれたことがある。
「人間は軸がずれると病気になってしまいます。今、地球も軸がずれ、病気になっています」
「武術」とは闘う技ではない。
森羅万象、生きるための技だと、武術を知れば知るほどわかってくる。
「哲学」がそこにある。
岡部武央という武術家に出会い、ぼくは武術に夢中になった。
そんなときに生まれた一冊である。
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【浜田剛史増刊号】
「浜田剛史」の記念特集増刊号が生まれた瞬間を、作家でボクシングマガジン編集長が、編集後記で書いてくれている。
一冊の特別の本が生まれる瞬間。
熱い一瞬から動き出し、そして形になる。
photographer・Writer・illustrator
1980年代、写真・文・イラストと、ひとりでページを作成する作家はいなかった。
二足ワラジ、三足ワラジと言われながらも、自分ひとりで取材をして、言葉を書き、イラストを描き、写真を撮る。
そして自分のページを創る。
20代だったそのときの名刺の肩書きは「イラスポライター」だった。
【ROKKOR】
【Naunber】
【ビッグコミックスピリッツ】
【フレッシュジャンプ】
【週刊少年サンデー】
【ヤングサンデー】
【週刊プレイボーイ】
【ボクシングマガジン】
【ビジネスジャンプ】
【サンデー毎日】
【格闘マガジンK】
【東洋武術で生命力を高める】
Illustration Story
illustration Storyはぼくの作家としての土台となっている。
ぼくが24歳のとき、「VANVAN相撲界」という雑誌が創刊
編集長だったSさんに、「マンガのようにコマ割りした、イラストでノンフィクションをやりたい」と言ったところ、新人だったぼくに黙って毎月、5ページ~10ページを自由に描かせてくれた。
相撲部屋にノートとテレコ、スケッチブックとカメラを持ちひとりで乗り込む。
何日か力士と過ごし、ちゃんこ鍋もいただき、時には部屋に泊めてもらうこともあった。
そこで力士の歩んできたヒストリーを聞き、時には力士と哲学の話で盛り上がったこともある。
そしてこれがきっかけで、小学館のGOROでは、スポーツジャーナリストが掴んだスクープを、いっしょに取材に同行させたもらい「長島茂雄4年間の栄冠」を描かせてもらった。
取材の面白さ、そこから生まれてくる自分の表現。
ぼくの「作家」の形はここから始まっている。
【貴ノ花】
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【北天佑】
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【大錦】 【高見山】
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【長島茂雄4年間の栄冠】
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【浜田剛史】
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【666悪魔の黙示録】
【TARGET ONE PAGE SHOT】
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Illustration
Poster
1986年、浜田剛史vsレネ・アルレドンドのWBC世界ジュニアウエルター級タイトルマッチのポスターを描かせてもらった。
それが日本において初の、イラストでの世界戦のポスターである。
アメリカでは世界タイトルマッチのポスターはイラストで描かれることが多い。
特に、アーチスト、リロイ・ニーマンに描いてもらえることが、スポーツ選手にとっての大きなステータスとなっている。
ラスベガスにボクシングの取材にいったとき、メディアからジャパニーズ・ニーマンと呼ばれるようになった。
つまり、ボクシングの世界戦のポスターを描くということは、それだけ名誉なことなのだ。
そして、ラスベガスでリロイ・ニーマンとも会うこともできた。
【浜田剛史vsレネ・アルレドンド】
【浜田剛史vsロニー・シールズ】【浜田剛史vsレネ・アルレドンド】
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【尾崎富士雄vsマーロン・スターリング】【マイク・タイソンvsジェームス・ダグラス】
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【立嶋篤史vs佐藤孝也】
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magazine illustration
雑誌でのイラストは、あらゆるイラストを描いてきた。
リアルなイラストから、アートなイラスト、マンガチックなイラスト。
小説の挿絵もいくつもやってきた。
新聞の連載小説の挿絵もやったことがある。
週刊プレイボーイ、月刊PLAYBOY、GORO、スコラ、サンデー毎日、週刊宝石、Number、モノマガジン、ベースボールマガジン社では、ボクシングマガジンで「イラストタイトルマッチ」を28年間連載、近代柔道では「ズームイン素顔」を10年間連載、サッカーマガジンでも、バドミントンマガジンでも連載をやってきた。
全日本柔道連盟でもカレンダーのイラストを描かせてもらったり、ボクシングやサッカーなど協会からポスターなどのイラストも描かせてもらってきた。
考えてみれば、イラストが描けることは作家として人間を書いていく上でぼくの大きな武器だったと思う。
取材のとき、ぼくは相手の似顔絵を描いてよくプレゼントした。
そのことで選手との距離が一気に近くなり、濃密な取材ができている。
柔道の古賀稔彦さんとは、結婚式のイラストも頼まれることになるのだが、飲みに誘われ、取材ではなく、いろいろな話をプライベートで聞かせてもらった。
世界タイトルに挑戦する前、尾崎富士雄の家へ行くと枕元に数年前にプレゼントした似顔絵のイラストが飾ってあり嬉しかった。
大事な時期に家に招いてくれるまでになったのは、イラストのお陰である。
他にもいくつもエピソードはあるのだが、イラストを描くことで構えた取材ではなく、心を開いた付き合いの中でぼくはいくつもの作品を創造することができたと思っている。
ぼくにとってのイラストは、ぼくのすべての作品に繋がっている。
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こんな仕事もやってきた。
小学館の「GORO」でビートたけしさん、たけし軍団のひとたちと「毒ガス新聞」を創らせてもらった。
Goods
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研究者としての研究Contentsは
下のリンクから見ることができます。
劇画原作 イラストレーター
ノンフィクション/単行本
フォトグラファー
エッセイ
今日までそして明日から
ケータイ・コミック














































































































































































































