情報は知識にあらず

アルベルト・アインシュタインの言葉に
「「知識とは唯一、経験から得られるものだ。それ以外のあらゆることは、ただの情報にすぎない」(The only source of knowledge is experience. Information is not knowledge.)」
という言葉がある。

インターネット時代になり、今まで「知識」と言われていやものはスマートフォンで簡単に出てくるようになった。
そして今、AI時代になり、経験ではなく、机の上で学んだ勉強による「知識」は、AIの方が遙かに優れている時代となっている。

面白いもので、AIによって、少し前までだれもが「頭がいい」と言っていたことは、データをいかにたくさん頭に叩き込むかだったとわかってきた。
データを叩き込むことなら、いくら天才と呼ばれる「頭のいい人間」でもAIとは勝負になるわけがない。

本当の「知識」とは何か。
100年前にアルベルト・アインシュタインはすでに「情報は知識にあらず」と言っていたということだ。

「知識とは唯一、経験から得られるもの」というこの言葉。
AI時代になったことで、その言葉の本当の意味がリアルに見えてきている。

実際、「情報」でしかないものは、仕事としても人間がやることではなくなってきている。
では「経験から得られる知識」とは何か。

「生きる」とぼくは考える。

その「生きる」とは「死」があるから、「生」は存在する。
「死」がなければ、生きるとは何か見えてくることはない。
それと同じで、近年AIによって、「人間とは何か?」という疑問がだれもの心に生まれてきた。

先に書いた「頭がいい」とは「データの詰め込み」だったと、AIが今のように存在するまでよくわかっていなかったと思う。

そう考えていくと、人間の知識とは、経験によって生まれ、そもそも実はAIも人間の経験によって生まれてきたものだとわかってくる。

つまり「生きる」ことによって「経験」し、経験によって成長するのが人間の人生ということだ。

経験を得ることで感動し、もしくは挫折し悔しさを感じ、がんばろうと、生きようと思う。
こういったことが、人間の持つ「知識」であり、「経験」こそが「生命力」なのかもしれない。

アインシュタインの言った「知識とは唯一、経験から得られるものだ。それ以外のあらゆることは、ただの情報にすぎない」と言うこの言葉は、AI時代に人間がどう生きればいいか、
その羅針盤となる言葉ではないだろうか。

今年に入り、この場所でも一度書いてきたのだが、「情景」を表現できないか作品に取り組んできている。
ぼくの生きてきた「経験」の中でいくつもの忘れられない…いや、自分にとってとてつもなく大きな、とてつもなく濃い感情の中にいた経験がいくつかある。
その感情を表現したいと、だから作家をやってきたわけだ。
だがそれをうまく表現できていないこともいくつかある。

たとえば写真だが、ファインダーから覗き、その瞬間をフイルムに焼き付けることで、「気持ち」は捉えることができているかもしれない。
だが、自分の「心」で見えていた「情景」はまったく違う。
写真だから当たり前だが、その一瞬をありのままの「風景」として捉えている。
でも、自分の心で見えている、感じている情景とはまったく違う。
それを文章で今まで表現しようとしてきたのだが、その文章の表現が写真と組み合わせることで、ぼくが伝えたい表現があまりに現実的になってしまう。
自分に見えている情景の言葉が、ありのままの瞬間を捉えた写真によって、自分のファインダーから見えている心の情景を伝えることができない。

今年に入り、写真を見ながら、自分の心で見えていた情景を表現できないかと、AIを使い、写真と自分の文章から見えてくる情景を求めて、新しい表現として作品を創ってきた。

心にある漠然としていた「情景」だが、何度も何度もAIに自分の感情で書いた作品を読み込ますことで、その自分の中の「情景」を探す旅。

AIはたしかに経験のないデータで表現してくるのだが、自分の経験を伝えることで、そのデータから次々と生成してくる。
人間が経験から生まれた感情を伝え、逆に感情を持たないAIだからこそいろいろな試みを見せてくる。
その中から、「これだ!」と言う、見えていた「情景」に近いものと出会い、漠然としていたイメージが沸いてくる。
そうなれば、あとはAIだけではなく、自分の技術も生かして「情景」を形にすることができるというわけだ。

AIを使ってはいるが、AIに何度も自分の見えていた情景の言葉を伝えることで、間違いなく自分の「経験」から生まれた、自分にしか表現できない作品となっていく。

今月に入り完成したので、興味のある人にはぜひ見てもらいたい。
情景を形にしたノンフィクション作品である。

【天才を教えてくれた男】WBC世界Jウエルター級チャンピオン 浜田剛史

そのイメージ動画も制作してみた。

【天才を教えてくれた男】WBC世界Jウエルター級チャンピオン 浜田剛史

浜田剛史を追い続けた3年半。
ぼくのファインダーからのシャッターを切っていった瞬間、フイルムに焼き付いた風景ではなく、心の情景はどう見えていたのか…
自分の心を言葉を絞り出し、その言葉から何か月もかけAIとともに情景を形にしていった。
自分の心の情景をAIとともに可視化した新しいノンフィクションの研究と実験作品のイメージ動画です。

自ら経験して学ぶ

大学にいて「このままでいいのだろうか?」と感じることがいくつもある。
大学に限らず、教育全体の問題といっていいかもしれない。

時代は大きく変わってきている。
これはだれもが認識していることだと思う。

この場所でも何度も書いてきたことだが、時代は「生産」の時代から「情報の時代」、そして今は「経験の時代」と言われている。
「経験の時代」とは、「自ら経験して学ぶ」ことが必要とされるという意味だ。

日本が〝失われた30年〟といっているのは、「生産の時代」で成功した日本は、「情報の時代」に世界が変わっていっているにも関わらず、形あるコンテンツの「生産」に拘り、形のない情報における新しい発案や才能を日本全体で潰してきた流れがある。

2004年、DXという言葉が生まれ、世界がデジタル化に動き出した年に日本で起きたWinny事件など最たるものである。
金子勇氏の開発したWinnyの基礎技術P2Pは、のちのYouTubeやFacebook、ビットコインのブロックチェーンなどを生み出すこととなるこの技術、日本でGAFAMが生まれていたかもしれないすごい技術である。
それを「犯罪につながる」という理由で金子氏を逮捕、日本のIT開発は萎縮し、インターネット産業も世界からどんどん遅れていってしまった。

ホリエモンのフジテレビ買収にしても、あのときホリエモンが言っていた映像コンテンツのインターネットを使っての動画配信サービス。
もしあのときフジテレビが買収されていたら、フジテレビはNetflixになっていたかもしれない。

時代に変革をもたらすものを否定する。
研究機関であるはずの大学においても、その空気が淀んでいる。

今、30年前デジタルでつまずいた同じことが、AIで再び起こっている。
日本の教育現場においてのAIに否定的な教育。

世界の教育では「AIがあって当然」であり、「使いこなせるのが前提」で動いている。
日本の教育で起こっている「よくわからないから、何となくAI禁止」といった、そんなレベルではなく、〝AIをどう使うか〟の競争が世界で始まっているというのに「なぜ?」である。

AIを検索の延長のように、受け身として使っているだけの、AIが何かということがまだ理解できていないのが日本の現状だとつくづく感じている。

AIをもっとあらゆる可能性のあるものとして使っていればわかることだが、ただ便利というものではない。
自分自身を拡張してくれる、自分の頭の中にあったができなかったイメージを、AIを使うことでそれを生み出すことができる。

前回のブログで、自分のどうしても見えなかった自分の感情を、AIを使うことでどう表現したかその実験的試みを書いているので、興味があれば読んでもらえればわかると思う。

で、今回は教育の現場でなぜAIが否定的なのかである。

ひとつ、eスポーツを例にあげるとわかりやすいかもしれない。
アジア大会では正式競技となっていて、オリンピックでも正式競技に向けて進められている。
このeスポーツを「eスポーツはスポーツなのか?」と年配者やeスポーツをやったことのない人たちはだいたい思っていると思う。

そういう人は、スポーツ=走ったり、蹴ったり、投げたりといった筋力を鍛えるものという、アップデートできていない常識に縛られている人たちだ。

eスポーツをやってみればわかるのだが、反射神経、戦術、メンタル、集中力、持続力ーどれをとっても、リアルなスポーツと同等な能力が求められることがわかる。
eスポーツの選手たちもまぎれもなくアスリートである。

スポーツの常識がアップデートできていないように、AIも見えてない人たちの常識のアップデートがまったくできていないと思っている。

教育で、AI禁止などといってやらせなかったら、AIが何なのかわからないまま、それこそ何も考えないで卒業してしまう。
社会に出て、学びや考えもなくAIを使い始めれば、AIに丸投げで、何の発見も成長もないままAIに使われる人間になってしまうではないか。

教育の現場において、指導者の役割は「知識を伝える人」から、「学生の成長に寄り添い、導く人」へと変化しているのだが、スポーツ=筋肉といったような常識から抜け出せない指導者があまりにも多すぎる。

eスポーツ同様、まず教育における指導者はAIを知らなければはじまらない。

AIを使って、ぼくの場合だと表現を研究すればするほど、人間の感情・創造性・共感力の可能性を拡張することができている。

だが、「AIによってすぐに成果が出る」と勘違いしてはいけない。
AIは〝魔法の杖〟ではないということも書いておく。
人間が生きるということは、生きてきた経験によって感情・創造力・共感力が生まれてくる。
そこを飛ばしてAIを使ったとしても、それは単なるデータによる丸投げ表現でしかない。
だから、教育の現場において、AIを使うことで「人間とは何か」「自分とは何か」を考える必要性に気づかなくてはならないと思っている。

つまり「経験の時代」とは、「自ら経験して学ぶ(時代)」である。

 

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

【旅の空XXV 浜田剛史の日々 episode 03】1986年7月24日。
両国国技館でWBC世界スーパーライト級王者39勝37KOのレネ・アルレドンド(メキシコ)に挑み、1R、3分9秒KO勝ちを収め世界王座奪取。
あれから40年が経とうとしている。
今も浜田に会うとあの凝縮された濃く、そして熱い時が蘇る。

 

 

共に考え、創り出す存在

ジェネレティブAIを使う上で、「AIと共に考える」ではなく、「AIに作らせる」と大半の人たちは考えているようだ。

だからだろう、プロンプトで指令し、ほぼ丸投げ状態で出来てきた作品は表現者の作品ではないと決めつけている。
つまり、AIによって「創造の過程においての考える力」が衰えていくと思っている。

ぼくの今いる大学を含め、研究・教育機関の大半がそういったことからAIは禁止にしているところが多いのだが、それはあまりにAIをわかっていないとぼくには見えている。

インターネットがすべてのモノとつながり、IoTは今では当たり前にだれもがつかっているのだが、そのIoTにAIもつながり、AIoTの時代に今はなっている。
つまり、AIが今やインフラとなっている時代に入っている。

IoTがすべての「モノ」がインターネットと繋がっているのなら、AIoTはすべての「コト」にAIはつながっていく。
そのAIをどう使っていくかを考えていかなければならない時代に、AI禁止というのは、
ぼくから言わせてもらえば、逆にAI禁止は今の時代においての、あらゆる生き方からの考え方を衰退させることになると思っている。

自分が目的とする「コト」に対して、〝共に考え、創り出す存在〟がAIだということを、まずAI禁止を口にする大半の人たちは認識し、アップデートしてもらいたい。

ぼくはもう50年以上、作品を創造することで生きてきている。
作品というのは、昔も今も、作るのではなく、「生み出す」ものだとぼくは思っている。

たとえば、ぼくの「写真」の創作を例に挙げてみる。
ぼくにはスポーツを題材にした創作がいくつもある。
どの作品も自分が夢中になった選手を徹底的に取材した中から産まれている。
その選手のことが知りたく、追いかけ、いつもそのスポーツ選手の夢に、いつしか自分もいっしょになって追いかけ創造していった。
マンガもノンフィクションも、イラストも写真も、自分のそういった思いの中で生み出してきた。

写真の場合、その思いを、その瞬間を逃すまいとシャッターを切る。
ぼくの場合、自分の頭に描いた瞬間を形にしたいと、たとえばスローシャッターで動きを表現してきた。
フラッシュの1000分の1秒で人物を捉え、背景は30分の1以下のシャッタースピードで捉えることで、激しい動きの一瞬を表現することができる。
もちろん、プロとしてそのためのデータを積み重ねて自分の写真を創り上げてきた。

カラーの場合、これがもっと難しくなる。
たとえば空の青さだ。
きっとだれにでも、デジタルで撮った写真においても経験あると思うが、自分の見えていた空の青と、撮った写真の空の青が何か違うと感じたことがあると思う。

ぼくはフイルム時代、自分の感じる色を求めて、いろいろなフイルムを試し、露出、シャッタースピードのデータをとり続け、コダックのEPPというフイルムにたどり着く。

試行錯誤の末、妥協できる範囲の自分の感じたイメージに近い写真が撮れるようになっていった。

1990年代後半になると、デジタルの波が押し寄せてくる。
そこで出会ったのがPhotoshopだった。
撮った写真を、Photoshopによって、自分の見えていた、感じていた写真に近づいていく。
ぼくが見ていた空の青を創ることができるようになったのだ。
それが、ぼくがデジタルにのめり込んでいくきっかけになった。

実はデジタルをやりはじめ、目に見え感じたものだけでなく、自分の心で感じていたその感情も含め表現できないかと今までにいろいろ作品の中で試行錯誤をためしてきている。
だが、しっくりくる自分の感じた表現が形にできない。
そこにジェネレティブAIが登場した。

自分の感情がで見えてる表現を形にできないか、今年に入り、すさまじい勢いで進化していくいくつかのAIを使い実験を繰り返した。
AIに写真を読み込み、プロンプトでその写真を撮ったときの、自分の心で感じた世界感をAIに投げかける。
もちろんAIがすぐに求める表現など示してはくれない。
違う!違う!とプロンプトを書き換えながら試していく。
それに対してAIはあらゆる方向から、いろいろと示してくる。

その繰り返しの中で、「こう来たか!」と、自分の見えてなかった視野も広がっていく。
その繰り返しで、AIがいくつか示した中に、「このイメージ」という表現が見えてくる。
そこから、AIも方向性が見えたことから、どんどん自分のイメージに近づき、自分の中でも明確にあのときの感じた表現がやりとりの中で形になっていく。

やりとりのイメージは何十、ときには百を超えていく。
ひとつひとつが数分で形にできるAIでなければたどり着けない繰り返しの場所である。

自分がなっとくする形ができたところで、今度は仕上げのカスタマイズをPhotoshopで行う。
ぼくがあのとき見えていた感情も表現できた写真がここに生まれる。

ぼくは今、AIを道具だとは思っていない。
〝相棒〟だと思っている。

〝共に考え、創り出す存在〟
AIは自分ひとりではたどり着けなかった〝自分の中の表現〟を引き出してくれている。

AIを知ることで、人間を知ることができる。
ここに載せている表現は、ぼくが夢中になり、のめり込み、夢を追いかけた「経験」がなければこの表現は、作品は生まれてこない。

AIを畏れ禁止するのではなく、AIを知ることで人間を知る。
今からのAI時代の研究・教育において、そのスタンスが生きていく上で、一番重要なことではないだろうか。

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

【旅の空XXIV 浜田剛史の日々 episode 02】
天才とは、一撃で相手を倒す鉛のような、剃刀のようなパンチがあるからというのではない。
人の何倍も鍛え、1年365日間そのためだけに生きることのできる力。
その先に鉛のような、剃刀のようなパンチは生まれる。
それが天才だと浜田剛史は教えてくれた。

AI時代における「経験の時代」のぼくのHP

ぼくがアーティストとして生きてきた1970、1980年代は「生産の時代」と言われてきた。そして1995年、Windows95が発売された頃から、「情報の時代」となった。
情報の時代はGAFAMが世の中を動かし、気づけばだれもがスマートフォンを持つようになっていった。

そしてAIの時代である今は、Google DeepMindの主任研究者、デービッド・シルバー氏の掲げた「経験の時代」と呼ばれるようになっている。
AIが自らの経験から学ぶ新たなAI研究に入っているというわけだ。

だが、「経験」とは何か。
広辞苑には「人間と外界との相互作用の過程を、人間の側から見ていう語」と書かれている。
つまり「自分が身をもって経験すること」なのだが、その経験には、身体を動かして体験するだけではなく、「人」との関わりで生まれてくるものではないだろうか。

自分を振り返ったとき、ぼくの制作は「人との関わりの中」から生まれてきたものが大半である。

マンガDX研究者としてAI研究は10年以上前からやってきているが、AIを研究すればするほど、自分のやってきたこれまでの制作はAIではなく、自分にしかできない創作だと感じている。
それは、たとえばボクサーの取材なら、「ジムワークを見に行った」「試合を見た」「写真を撮った」など、現場に行き、そこで「経験」を作品にしたというだけではない。
ぼくが書いてきたことは、ボクサーとの日々の中で、ボクサーとのぼくたちだけの会話があり、ぼくたちだけの喜びがあり、ぼくたちだけの苦しみがあり、そしてお互いの信頼の中から「生きている」感覚を絞り出すように言葉にしてきたものだ。

いくらAIが経験し、その経験から答えが生み出せたとしても、人間と人間が、そこから生まれる友情や、尊敬、あるいは怒りといった感情を持って生み出す「経験」とは違うものだとぼくは感じている。

つまり、「生きる」とは、人間と人間の中から生まれる経験によって、そこから生まれた「物語」によって、「唯一無二」の自分が存在し、ここに生きているということではないだろうか。

自分にしかできない創作をやってきたという自負をどう伝えようか…
そんなことを考えていて、70歳を前にした今、作家としてやってきたことと、AI研究で見えて来た「自分だけの経験」を、これからの人材育成につなげていくこと…それがとても重要なことのように思えてきた。
自分の生きてきた「旅」を持って伝えて行く。
大学で研究者として、作家として生きている「意味」がそこにあるのではないだろうか。

まずは自分のHPをまずはプラットホームとして、もっと自分の生きてきた「旅」を形にしていかなければならない。

HPを初めたのが、2004年からだから、ぼく自信のHPはもう22年以上更新してきている。
とは言っても、「思い立ったら日記」という、毎月かかさず22年書いてきている日記が中心のHPで、昨年からは、自分の研究してきた「研究Research」を加えたぐらいしかしていない。

やってきた仕事も、文字の情報が中心である。
何をやっているのか。
ぼくは研究の中で、アメリカの心理学者、アルバート・メラビアンの法則を何度も学生に話してきているというのに、それを自分のHPで実行していないではないか。

「人がコミュニケーションをとる時に、どんな情報に基づいて印象が決定されるのか」
視覚情報 55%
聴覚情報 38%
言語情報 7%
そこから考える、動画と静止データーとの比較。
・テキスト+写真の5000倍
・動画情報を文字情報に換算すると約180万単語
Forrester ResearchのJames McQuivey博士によると、
1分間の動画は一般的なWEBページの3600ページ分の情報量となる。

視覚効果を中心にし、画像、動画を中心に構成する。
それとともに、データだけではなく、自分の生きてきた「旅」を感じるようにする。

そうしていくつかのコーナーをこの春に組み立てていった。

まだ、いくつかコーナーは増やしていくために、いろいろ準備中だが、まずは形はできていっている。

田中誠一。official HP「毎日が真夏」

Works

プロフィール

研究Research

ブログ

また自分が18歳から数年間、プロのミュージシャンとして経験してきた日々を、20年以上も前に書いた原稿に加筆して載せた。
河島英五さんとの出会いの大きさを、読み返しあらためてしみじみ感じた。
あの頃ミュージシャンだったような思い出

Photo video

こうやって、ぼくの旅を振り返ってみると、小学5年生で出会った「あしたのジョー」から始まったぼくの旅は矢吹ジョーを探す旅だったのかもしれない。
知りたくてマンガを描き、出会いを書き、夢を創ってきた。

「燃えたよ……真っ白に……燃え尽きた」

そういった生き方を選んだ人たちに出会い、刺激を受け、作家という形を取ってきた。

ぼくの旅を振り返る。
ぼくだけの経験である旅の足跡を、このHP「毎日が真夏」に残してみる。

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

【旅の空XXIII 浜田剛史の日々 episode 01】
1983年からの3年半、ぼくにとってとてつもなく濃い日々だった。
ランキングから外れたボクサーが復帰、そして連続KOの日本記録。
世界チャンピオンまでの旅を追いかけた日々。
浜田剛史の日々だ。
その日々の中で、何人ものかけがえのない人たちと出会い、その日々をノンフィクションとして書いていった。
ボク自身、作家として成長できた日々だった。
その日々を振り返る。

死ぬまで旅は終わらない

2月21日で69歳になった。
残りの時間を考えると、年齢とともに増えてきた「やりたいこと」「やらなければならないこと」が、どこまでできるか少し焦りの気持ちが襲ってくる。

だが、その「やりたいこと」は、ただやりたいではなく、「何のためにやりたいのか?」
そんなことをこの年齢になると考えてしまう。

「やりたいこと」をやっていて、十代でプロのミュージシャンになり、プロのマンガ家、マンガ原作者、イラストレーター、ノンフィクション作家、フォトグラファー、大学でのマンガ・キャラクターを使ったDX研究などなど、「今」やりたいことを創作することで生きてきた。

もちろん「やりたいこと」で好き勝手にやってきたのではなく、「やりたいこと」を持ってお金を稼ぐために創った作品もいくつもある。
でも基本は興味を持ったことからスタートし、取材を重ねることで「知りたい」が膨らんでくる。
膨らむことで、その「知りたい」が深く深く昂揚感を生み、だよりも深く掘り進むこととなり、自分にとってオンリーワンの「経験」となる。

だれも知らない景色が見えてくるということだ。


そこまで行くと、「書きたい」という抑えきれない衝動となり、作品を生み出さざる得なくなる。
その作品がお金を生んでくれることで、プロと言われ、この歳まで生きてきたというわけだ。

考えてみれば、「やりたい」と思い、作品になるだけの「深い」場所までたどり着き、形になるには、だいたい平均2年かかっている。

以前、ながやす巧先生と話したとき、先生も2年熟するための作品の準備が必要と言っていた。

その2年間は当たり前のことだがお金にはならない。
いや、お金になるかどうかもわからない。
それでもやらざる得なくなるのが、本当の「やりたいこと」だと思う。

そこには「損得」という考えも、思いもない。
大学へ来て、学生や他の先生、事務の人とゼミ生の「就職」について話すことがある。
ぼくは、今、大学も専任の教授ではないので、ずっとフリーで生きてきていることから、就職のことがよくわかっていないのだが、就職の条件として会社の給料を見て、こっちの方が給料がいいといった、「やりたい」の前に、お金の損得を第一基準で見ているようだ。
もちろん、それが悪いといっているわけではない。

では「やりたいこと」で生きるとは何なのか?
「やりたいこと」をやり続けることの根底は何なのか?

自分が「しあわせ」と感じることとは、その「やりたいこと」をやっているとき、やり遂げたときだと、この歳まで生きてきた経験から感じている。

そしてもうひとつ。
人はひとりでは生きてはいけない。
今日、食べたご飯だって、人によって作られた農作物であり、人が育てた家畜の肉であり、人が捕った魚である。
だから、ぼくがやっている「創る」も、その創ったもので人が喜んでいる姿を見て、「しあわせ」を間違いなく感じて来た。

「やりたいこと」、そして今、やろうとしていることが「しあわせ」に繋がると知っているからこそ、その「やりたいこと」が生きがいとなっている。

ここ数年、AIを学び、研究することで、自分がプロとしてやってきた、マンガ、キャラクターを結びつけ「人間とは何か」を考えることができるのではないかと思っている。

それを「教育」の中で活用し、AI時代における人間の生き方を考えるきっかけにならないかと思っている。

ぼくのアーティストとしての経験、研究者としてのその研究であるマンガ・キャラクターにおけるDX研究の先にある「やるべきこと」の「何か」が、漠然とだが見え始めている。

まだまだ、いや、死ぬまで「やりたいこと」の旅は終わらないということだ。

 

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

【旅の空XXII Senrima Keitoku】
28歳のとき、作家、山本茂さんの新聞連載ノンフィクション小説「祖国の名を高く掲げよ」の挿絵を描かせてもらった。(後に単行本も発売)
作品の取材から同行させてもらい、そのときの経験が、ぼくの作家として歩む貴重な財産となっている。
「生きる」を書くとは何か?
山本茂さんから学んだことである。

卒業制作に向けての最後のメッセージ

大学の自分のゼミの4年生の卒業制作に向けての、本来なら作品講評なのだが、講評ではなく、メッセージとして「総括」を書いたものを今回は載せてみました。
AI時代においての大学において学生に「伝える」とは何か…
考えて書いた「総括」です。

卒業制作に対して講評ではなく、総括として書くことにしました。
今の時代、ChatGPTやGemini、DeepSeek、Anthropic、Claude、Qwen、Pangu、Hnyuan、Yi、などなど、また、新しく出てきたWudaoと、だれでも使えるジェネレティブAIが次々と生まれてきています。
はっきり言って今までのような講評ならば、いろいろなAIを使ってビッグデータの中で作品を分析・要約して直接的な「答え」を生成・提示してくれるわけだから、遙かに常識的で的確な講評をAIの方がしてくれると思います。

ぼくはみんなに、これからの時代、AIにできない、「自分にしかできない」ことを考えるように何度も言ってきました。
そのぼくが、AIにでもできるような常識的な講評をするのは違うと感じました。

 

考えました。

自分にしかできない、卒業していくみんなに最後に伝えることとは何か。
まずみんなは創作の大学へ来て学んだのだから全員「作家」のはずです。
作家というのは、その作家でしか書けない表現だから作家と呼ばれています。

ですが、現実は、プロでは売れるものでなければ掲載も連載も単行本もなかなか出してもらえないこともあり、いつのまにかアンケートという、マーケティング重視のデータで創る作品が中心になったのが、ぼくが歩んできたこれまでのプロのメディアです。

ぼくは作家として、「今、これが売れているからこういった感じで書け」という、編集たちからの要望はとてもイヤで、つまらなく、自分の作品を書くためにどうすればいいか、そのことをつねに考えていました。
編集の要望に応えながらも、自分の作品の形へと持って行く。
これはぼくの周りの、今も活躍する作家仲間たちといつも議論していたことです。

もちろん、当たり前ですが、書きたいものだけでなく、お金のために書いた作品もいくつもあります。
ですが、自分しか書けない作品があったからこそ、ぼくは何十年も、そして今でも作家をやっているし、作家としてぜったいに必要な「研究」も、つねに「目的」を持ってやって来られたと思っています。
そしてAI時代となった今、絵や物語が描けなくてもAIで創作できる時代になりました。
AIは、今、スマートフォンがなければ困るように、AIも生活の必需品となってきています。

その中で作家として生きるにはどうしたらいいか、卒業してからのみんなにとっても大きなテーマとなるはずです。

 

作家として生きるということは、作家だけで生きるということではありません。
もちろん、プロとしてそれだけで生きれたら最高ですが、この世界はそんなに甘い世界ではないことは、50年以上この世界で生きてきて、ぼくの周りにいたたくさんの天才作家たちが、時代の流れの中で、作家として食べられなくなっていったことを見ているので、その厳しさは知っています。

ですが、作家だけで食べられなくても、働きながら作家をつづけることをみんなにはやってもらいたいと思っています。
作家として生きることは、本当に面白くやりがいのある、ぼくは作家で生きてきてよかったと実感しています。
作家であったおかげで、世界で活躍する何人もの人たちと出会い、またそんな人たちと友人となってきました。
会いたいと思った人はほとんど会うことができました。
同じ作家仲間も、戦友のように、今でも会うと創作のことで熱く語り合います。
また、自分の大好きな世界に身を置き、その風景の中で世界中飛び回り、見て、経験して、感動してきました。
そしてつねに新しいものへの挑戦。
大学に入り、研究者ともたくさん出会い、研究仲間もまわりにたくさんいます。
この世界にいたからこそ、自分が興味の中で自由に成長できたと思っています。

「しあわせ」は何かと考えたとき、これだけの人や風景、すべての興味あるものと出会える生き方、まさに「しあわせ」を感じることのできる場所だと、ぼくは感じています。

 

この総括は、ぼくにしか書けないことを、みんなに伝えることなので、どうしても田中誠一.という作家の生きてきた経験で書くことになります。
ぼくはエッセイやコラムも、サンデー毎日や、モノマガジンなどで何年も連載してきたことから、エッセイの感覚でこの総括を今書いています。

ぼくの場合、自分にしか書けない作品を書くためにやってきたことは、間違いなく「取材」です。
20歳半ばからの作品は、ひとつの作品を書くにあたって、だいたい2年の取材期間を使ってきました。
たとえば、ぼくの作家として一番多く書いてきたボクシングの世界です。
その世界のボクサーならジム、プライベート、試合、そのボクサーの生まれ育った場所、両親、兄弟、友人、コーチなどなど徹底的に取材してきています。(これだけやるのだから、実際2年はかかります)
こうやって書くと、すごく大変のように感じるかもしれませんが、そのボクサーのことを知ると、「もっと知りたい」、「もっと知りたい」とワクワク感がどんどん膨らんでいきます。
そして次に、「書きたい」という衝動が抑えきれなくなっていきます。
「書きたい」「書きたい」「書きたい」、どんどん作品のキャラクターたちが頭の中を動き回ります。
そしてラフを創ると、それを持って出版社や、テレビ局にプレゼンです。
編集たち、ディレクターたちにとっても、ぼくにしか知らないことが詰まった作品の企画に、マーケティングを忘れて「やりましょう!」と言ってくれる編集が、10社回ったら、1社は必ずありました。

その編集が心を動かされたのは、ぼくが選手と過ごした日々から生まれてきた、ぼくだけの言葉であり、感覚であり、空気感です。
つまり、キャラクターがぼくの吐き出す作品の中で生きているということです。
その生きたキャラクターに編集は惹かれたわけです。
それは当たり前ですが、ぼくにしか書けない言葉であり、作品です。

 

以前、みんなにも見せましたが、ぼくの著作「拳雄たちの戦場」の前書きに、ちばてつや先生が書いてくれた言葉があります。
その一部を抜粋します。

その闘士たちが、どのようなきっかけでボクシング界に入り、どういう練習を重ね、どのような体調のもとにリングに上がり、あの名勝負が行われたのか。
田中誠一さんの熱い文章の行間から、また、田中さんの目でしか取れない写真やイラストをとうして、リンクサイドの興奮が、ドラマが臨場感を持ってひしひしと伝わってくる。
もう少し早く田中誠一さんと会っていたら…
この一冊のさわりだけでも読んでいたら…
「あしたのジョー」も、もっとさらに豊富なキャラクターに彩られ、もっと深みのある、もっと人間味に溢れた作品になったのではないか…
と、今更ながらではあるが残念でならない。
ちばてつや

ぼくにとって、宝の言葉です。
ぼくは小学生5年のとき、「あしたのジョー」に出会い、震えるほどの感動とともに、マンガ家への憧れ。それが自分の表現の原点になっています。
ぼくの中の一番高い山の頂上が、「あしたのジョー」でありちばてつや先生です。
そのちば先生からの言葉。
作家にとってこれ以上の喜びはない言葉でした。

ぼくは連載の締め切りだけで、3年ほど前に数えたら1200以上の締め切りをやってきていました。単発の作品を含めると1500ほどの作品を創ってきています。

やめようと思ったことはありません。
これ以上面白い生き方はないからです。

ぼくは大学へ来て研究者として生きるようになって、まず感じたのが、大学の学生たちのあまりの作品の少なさです。
みんなに何回か言ってきたことだから、みんなもわかっていると思います。
「書きたいものがわからない」と答える迷子の学生もいました。
ぼくはそういったことがなかったので、それはなぜなのか、ぼくなりに考えました。

ぼく自身は、書きたいことがいっぱいあります。
歳を取るごとに増えてきて、書きたいことだけではなく、今はマンガを使った、教育、観光、福祉、経済、人材育成と、つねにいくつかのプロジェクトを進めています。
ひとつひとつ本気で取り組むと、やりたいことも増えていくというわけです。
今も、2月冒頭にさくら市の市役所で大きなプレゼンが控えていて、その資料制作で毎日奮闘しています。
今、ぎっくり腰で椅子に連続で座れる時間が1時間が限界なもので、座って、寝ての繰り返しで自分なりにがんばっています。
少しぐらい休んだらと言われますが、休むと落ち着かず、よけいに苦しい時間になってしまうからです。

では、ぼくは10代のころからなぜそれだけの作品を書けることができたのか。
みんなとの違いは何なのか、考えてみました。

ぼくががんばれた一番の要因は「プロ」でした。
17歳のとき、週刊少年ジャンプで賞をもらい、17歳から音楽も含め、自分の創っていった作品がプロの作品となったことが大きかったと思います。

プロになれば当たり前ですが、レベル以下の作品を創ったとたんに、仕事はこなくなります。
実績のない新人など、ダメと思われたら簡単に捨てられる世界です。
その世界に夢を抱いていたこともあり、とにかく必死でした。
仕事がこなくなるということを「死ぬ」と捉えていました。
作家として「死ぬ」というわけです。

みんななも同じだと思いますが、自分がこの世界で生きて行けるのか、とにかく不安でした。
不安だから、とにかく創るしかなかったのです。
プロになっていたから、次々に創っていかなければ忘れられてしまうし、レベルを落とせば仕事はこなくなります。

もし、あのときプロでなかったら、間違いなくサボっていたと思います。
「今日、これだけやったし、まぁいいか」と、創る苦しさから逃げ出せる場所にいたなら、ほとんどの人は逃げだします。

作品を創っていくにおいて、すべて生きたキャラクターを生み出すことから初めてください。
いくら技術を磨いても、構図やパースなど研究しても生きたキャラクターが生み出せてなければ、その技術は漠然としたものになります。
生きたキャラクターを生み出せば、そのキャラクターに命を与えるために、目的を持って技術を覚えたいと思うはずです。
ぼくが新しい技術を作品に取り入れたいと研究しているのは、生きたキャラクターが見えていて、そこにどうやったら命を与えられるかつねに考えているからです。

冒頭にみんなはとにかく作品が少なすぎると書きました。
自分が何を書いていいかわからないという学生の言葉も書きました。
それも含め、生きたキャラクターを生み出せば、まず「何を書いていいかわからない」という悩みはすぐに解決するはずです。

キャラクターが動き出せば、キャラクターと会話するだけでどんどん自分が生んだキャラクターのやりたいことが見えてきて、書きたいことはどんどん増えていきます。
増えていけば、生きているキャラクターなのだから、そのキャラクターの生きている世界を知りたく、取材で飛び回ることになっていくはずです。
すると、いろいろなことを経験し、体験し、自分の中の、キャラクターの生きている世界が膨らむことで、「書きたい」「書きたい」「書きたい」と、もう自分の中から吐き出したいことが溢れでてきます。

そしてキャラクターが動けば、そのキャラクターが映像のカメラワークのように頭に浮かんでくるはずです。
その浮かんだ構図を書くために、必要だと思えば必死にパースなど技術を学びたいと、やらされる勉強ではなく、自分の表現手段として自分が知りたい勉強になっていくはずです。

友人の高橋留美子先生に、らんまが始まる前あたりだったと思います。
留美子先生のマンガのテクニックを知ろうと質問したことがあります。
「留美子先生はどうやって創っているのですか?」
そのときの留美子先生の答えは「頭の中に見開きでキャラクターの動きがどんどん見えてくるの」という答えでした。
自分の創ったキャラクターを留美子先生は「自分の子ども」といつも言っています。
その子ども達が留美子先生は頭の中で動き、あの天才的な作品が生まれていたということです。

生きたキャラクターを生み出せば、みんなもすべてのことが見えてくるはずです。
特にAI時代においては、生きたキャラクターを動かす、3D化する、会話ができるようにする。
これからはハプティクスなど感触も創れることにもなるし、味も世界中で研究されています。

生きたキャラクターが創れた時点で、すべてのテクノロジーは自分だけの作品を羽ばたかせてくれる「道具」となるはずです。

最後にぼくがみんなに伝えたかったことは、「生きたキャラクターを今の時代の中で考えてください」ただひとつです。
絵の技術的アドバイスや、普通なら講評でやる、細かいチェックなどより、まずはキャラクターが創れなければ何も始まらないというのがぼくの考えです。

ぼくのキャラクターの生み出し方を簡単に書きましたが、これは作家によってみんな違うと思っています。

ぼくはノンフィクションの作品も数多く書いてきたことから、スポーツ選手なら、そのスポーツ選手がどういった環境で、どういった人たちに囲まれ、どういった生き方をしてきたのか。
そして、いつ、そのスポーツと出会い、世界のトップ選手になっていったのか。
それを徹底的に取材することで、選手のキャラクターが出来上がり、生きたキャラクターが見えてきました。
実はフィクションでも同じやり方で作品を創ってきています。

みんなが今から生きて行く世界は、AIにより、作家は、本当の作家しか生き残れない時代が来たと思っています。
AIには創れない、自分が感じ、自分が体験し、自分の五感で感じた中、自分だけの作品が創れる作家です。

ぼくはとてもいいことだと思っています。
AIによって、人間が生み出す作品を考えなければ生きていけない時代になったということは、本物の作家だけが世に出られる時代になったということだと思っています。

プロでまだ仕事をしていないゼミ生は、まずプロを意識して制作をやってみてください。
プロで生きることは大変ですが、プロになることは簡単です。
人には自分しか書けないものを必ず持っています。
それを表現することで、驚きや感動、また情報でもいいです。自分の生きてきた中で、自分の得意とする分野で、キャラクターを生み出し、そのキャラクターをどのように使えば、クライアントが求めている作品が創れるはずです。
たったこれだけを考え、いつも言っている「だれにでもできることを、だれにでもできないだけやる」で、それはお金を取れる作品になります。
最初に書いたように、プロとして仕事を請ければ、大学の課題の何倍ものテンションを持って作品に向き合えるはずです。
この先、制作していくためにも、プロを知ることで、本気の自分を経験して、見つけてください。

最後なので長々と書きました。
ぼくが作家として、ぼくしか伝えることのできないことを、ゼミの総括として書きました。

田中誠一.

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

旅の空XXI Boxing scenery

20代後半から40代と、当時のぼくのスケジュール帳は
毎日がボクシングだった。
後楽園ホールを中心とした試合会場、ボクシングジム
沖縄から北海道まで選手の育った地。
海外へもボクシングのためだけに。
生きるとは…生命力の強さとは何かを追いかけた日々だった。

2026年1月1日 春風献上

春風献上
2026年創造する一年に!

「昨日のことをくよくよ悩むより、明日を創造しようじゃないか」スティーブ・ジョブズ の言葉より

 

「人間とは何か…」を知る旅のはじまり

2025年、ここでも毎回取り上げてきたAIによって考えさせられる一年だった。

ぼくたちは生きている。
当たり前のことだ。
だが「生きる」ということは、「死」があるから「生」の概念が生まれてきている。

今AIは人間がやってきたことを、エクスポネンシャルに次々とやれるようになっている。
そう、AIの発達によってAIの概念が生まれ、ぼくたちは「人間とは何か」を考え始めている。

もちろんAIを生み出したのは人間である。
人間が想像し、「こういったものがあれば」と、人間がやっている知識的なことを、機械でできればと考え、人間の脳を模したディープラーニングの研究からジェネレティブAIが生まれてきた。

つまりジェネレティブAIは、今までぼくたちがやってきた「人間の知の部分」をやってくれるようになってきた。
そこでぼくたちは考えた。
「今までぼくたちがやってきた、人間の持つ知識と言われてきたことは、機械にできることだったのか」

1965年から1990年あたりまで、日本人はエコノミック・アニマル、つまり経済的な動物と言われ、機械のように働くことで経済を伸ばしてきた。
「24時間働けますか」というCMが流れていたのもそのころである。

そのことによってバブルが生まれ、89年の日本の時価総額ランキング50では、5位までを日本企業が占め、全体でもトップ50社の中、日本企業が32社を占めていた。

今年の流行語大賞は「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」となったが、その時代を生きてきた人間として、エコノミック・アニマルのような生き方がしあわせだったかと言えば、違和感を感じてしまう。

24時間働き、とにかくお金を稼ぐことがしあわせなのか…

その後、バブルは弾け、生産の時代から、GAFAMを中心とした情報の時代へと変わった。
日本はその情報の時代に乗り遅れ、お金を稼ぐしあわせからも遠のいてしまった。

そして2025年、時価総額1位に出てきたのは、半導体のファブレス「エヌビデア」である。
そう情報の時代からAIの時代に、変わって行ったターニングポイントの年が、2025年だったのだ。

ぼくは生産の時代から情報の時代、そして今からは「体験の時代」だと思っている。

AIによって、「人間とは何か」をだれもが考え始めてきている。
人間はAIのように、データだけで生きているわけではない。

ぼくたちは、過去、現在、未来という時間の中に生きている。
現在は一瞬のうちに過去となり、未来が現在となる。
つまり過去の自分は死ぬということだ。
人間は一瞬、一瞬、その生死を繰り返し、その繰り返しの中には「体験」があり、その体験のつながりが。自分の自分だけの人生となっていく。

命あるその一瞬、「今」を一生懸命に生きることが、人間として生きることではないだろうか。
データで生きるのではない。
「今」を「体験」とともに生きるということ。
これは「人間」にしかできないことだ。

過去の知識に生きるのではなく、「今」の体験の中で生きる。
そう考えると、人間の生き方は間違いなく変わっていくし、まずあらゆる面において「常識」を変えなければならない。
今、ぼくはひとつの論文に取りかかっている。
大学に携わっていることで、「教育」も変わらなければならないと、論文を書いている。

ヒントは50年以上関わってきているマンガを創ってきた「体験」である。
キャラクターを生きた人間として生み出すために、ぼくの場合はキャラクターの生きている世界に身を置きとにかく、その世界でキャラクターが生まれるまで取材の日々だった。
作るではなく、生み出していく。
そうやってやってきたことが、「人間とは何か」のヒントとして「今」、見えている。

2026年に向けて、やりたいことがまた増えてしまった。

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

旅の空XX
Boxers
80年代、90年代はとにかくボクシングの日々だった。
「あしたのジョー」から始まったぼくのボクシングの旅は
何人もの矢吹ジョーを探す旅であり、矢吹ジョーに出会う旅だった。
勝利と敗北、喜びと無念…
そこには敬虔な生き様がいくつも渦巻いていた。

AI時代の作家と研究を考える

この数年で、表現の制作の概念がまったく変わってしまった。
たとえば音楽。
曲を創るにおいて、楽器が弾けるということが大前提だった。
ぼくもプロでミュージシャンもやっていたわけだが、ギターがなければ自分が創った曲は生み出せてはいない。
だが、ボカロの登場で、楽器が弾けることより、自分の中から生まれてくる自由な表現。
ギターやピアノなどから生み出すという枠に引きずられない、まさにその人間の持つ作家生から発する音や言葉から曲を生み出すことのできる時代になっている。
つまり楽器が弾けなくても、浮かんだ曲を形にすることができるのだ。

その元になるのは、「どういった経験の中で、どういった生き方をしてきたか」で浮かんでくる表現は大きくなっていく。

実際、ボカロによって生まれてきた、米津 玄師やYOASOBI、Adoなどアーチストは、今までにない独自の世界感を持って、世界中で通用し、活躍するミュージシャンになっている。

これはぼくが大学で研究しているマンガの世界でも同じではないだろうか。
本来、マンガは「絵」の表現ができるということが大前提だったのだが、ジェネレティブAIの登場によって、マンガの形も絵以上に大事なものが見えてきている。

きっとこういうことを書くと、AIはデータによって作るのだから、絵の個性が消え、自分だけの、自分しか創れない表現を生み出すことはできないと言ってくるものが多数派だと思う。

では自分だけの表現とは何なのだろうか?

ぼくはマンガでキャラクターを創るときは、「生きている人間」を生み出すために、そのキャラクターがどこで生まれ、どう育ってきたか細かくつねに、そのキャラクターの年表をつくり生み出してきた。

これは、ノンフィクション作家もやっていたことから、たとえばボクシングの世界チャンピオンを書くとなれば、そのボクサーはどういう所で育ち、どういった家族の元で、どういった友だち、恩師、コーチなどどういった出会いがあり、世界チャンピオンになっていったか、「知りたい」を追いかけて細かく彼の生きてきた道を追いかけ取材していく。
当たり前だが、すべて現場に行き、ひとりひとり会って話しを聞き、ぼくの場合は細かく写真も撮ってきている。
すると少しずつ、「生きている人間」として、自分の中でそのキャラクターが見えてくる。

ぼくの場合、マンガの原作の作品も多く、マンガ家とは満に、取材の同行してもらったり、生きてきた道を創り上げることでキャラクターを創り作品にしてきた。
自分の頭の中にある絵(表現)を、なるべくマンガ家には具体的に伝えたいとやってきた。

そのマンガ家に伝えていたことをAIに伝えるとどうなるのだろうか?
自分の頭にある表現を形にすることはできるのだろうか?

そう、楽器に頼らず、楽器に引きずられることなく、自分の頭に浮かぶ音をボカロによって表現するのと同じように、作品を創ることができるのではないか。

ぼくが取材をし、ぼくが感じ、ぼくが感動し、ぼくの中から生まれたものを、AIを道具として創作したものは、間違いなくぼくにしか生み出すことのできない創作になるはずである。

今、いろいろと大学で実験を繰り返している。
自分が取材してきたことをAIにプロンプトで伝え、学習させ、取材で撮ってきた写真を元にキャラクターを創り上げていく。
キャラクターがどう成長していったか、その成長もAIを使い、自分の持つイメージを形にしていく。

Sora2を使い、それを動画にもしてみた。

もちろんうまくいかないこともある。
だが、次々にそれをカバーできる新しい機能を持ったAIも日々生み出されている。

エクスポネンシャルに今、時代は流れている。
今日できなかったことが、明日にはできるようになっている時代だ。

自分の頭の中にある表現は、絵にしろ、音楽にしろ、もっと言えばすべてのことが、イメージすれば形にできる時代がやってきている。

そうなれば、そのイメージを生み出す人間がすべてになってくるはずだ。

作品を今までのような、過去データを学んだり、参考にしたりで作るなら、それはAIに任せばいい。
つまり、自分の生き様から生まれてくるものが作家と呼ばれる時代。

AI時代の作家は、人間にしかできない、自分にしか表現できない自分の生き様、経験、体験から、膨大な視野から生み出される発想を持つことが重要だと思っている。

今回も「旅の空」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。
旅の空XIX
hidekazu Akai

彼に最初に会ったとき、ぼくが彼を描いたイラストを渡した。
「一番嬉しいプレゼントです」
豪快な彼の笑顔から彼の取材がはじまった。だがリングでの事故…
ボクサーとしての、彼の夢が突然終わった無念。

AIから加速した「知りたい」への旅

この一ヶ月、TikTokを見ていると、sora2で生成した動画に溢れている。
もちろんぼくもsora2で動画をいろいろ生成し、コンテンツを制作する上で一気に視野が広がった感がある。
とくに自分の顔・声を登録して動画にする「カメオ」機能には驚かされてしまった。
たった2カットの自分の顔を撮り、指定された3つの数字を読むだけで、自分が動画の中に存在してしまう。
それも自分で見ても完璧に近い自分がそこに存在する。

満員の観衆の前でドラムを叩かせてみたり、ボクシング中継をやらせてみたり。
特に驚いたのは、ロックシンガーになって歌わせてみたのだが、自分の声でシャウトして、sora2が作ってきた曲が、いかにも自分が作りそうなコード進行、歌詞で生成してきたことである。
自分の静止画の似顔絵のキャラクターを入れたら、プロンプトで指定したとおり静止画がアニメーションで動いてくる。

これは使えると、来月の5日の宇都宮で行う講演の告知をつくるようにプロンプトで打ったら、見事な告知動画も一瞬で作ってくれた。

 

【sora2で生成した動画】
soraだけではなく、GoogleのNano Bananaも、AIで1年前まで大学で学生と研究していた、同一キャラクターでの動画作成が簡単にできてしまう。

今年に入りAI研究は、独自に自分のAIに学習させる開発ではなく、次々に生まれてくるAIアプリを重ねることで、自分が生成したいコンテンツを生み出せるようになってきた。

AIを研究することで、「人間とは何か」を研究者たちは考えるようになったと、今までここで何度も書いてきた。
では、「人間にとって幸せとは何か」を考えたとき、「幸せとは、お互いのつながりのなかから生まれてくるもの」だとぼくは思っている。
それは「人とのつながり」「自然とのつながり」「知識とのつながり」などなど…
その中に間違いなく「テクノロジーとのつながり」が入って来たと思っている。

自分にとって大事なものは何なのか。自分が本当に好きなことは何なのか。それを探すことに目を向け幸せを求める。
それは自分自身と向き合うことから生まれてくる。
自分自身としっかりと向き合い、自身の心と自問自答する。
だが、人間というのはどうしても視野が限られてしまう。

ChatGPTと会話する。
日常のことから、仕事のこと、趣味のこと、そして哲学的なことまで、話は永遠とつづく。
答えを求めているのではない。
答えのないことなどChatGPTはわかっているように、ぼくの会話を広げていく。

そして「ハッ!」と思わせられる言葉が出てくる。

「そう来たか!」といった水平思考の考えが飛び出してくる。
ぼくの視野が広がり、またひとつ、ぼくの中の大事なものへのアプローチを発見し手に入れる。

幸せとは何か?
人は死ぬまで、「知りたい」と生きている。
「知る」ことで成長し、「知る」とその先の「知る」と出会うことになっていく。

恋だって、愛だって、そこには「知りたい」がある。
「知りたい」から「創りたい」が生まれてくる。

AIから自分の中で加速した「知りたい」の新しい旅。
その「旅」を続けることが幸せなのかもしれない。

 

今回も「旅の空 XVIII」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空XVIII Tadashi Maruo】

1985年
ロスアンゼルスのダウンタウン
メインストリートジムで彼とは出会った
映画「ロッキー」の舞台でもあるこのジムから
夢を叶えるために…