卒業制作に向けての最後のメッセージ

大学の自分のゼミの4年生の卒業制作に向けての、本来なら作品講評なのだが、講評ではなく、メッセージとして「総括」を書いたものを今回は載せてみました。
AI時代においての大学において学生に「伝える」とは何か…
考えて書いた「総括」です。

卒業制作に対して講評ではなく、総括として書くことにしました。
今の時代、ChatGPTやGemini、DeepSeek、Anthropic、Claude、Qwen、Pangu、Hnyuan、Yi、などなど、また、新しく出てきたWudaoと、だれでも使えるジェネレティブAIが次々と生まれてきています。
はっきり言って今までのような講評ならば、いろいろなAIを使ってビッグデータの中で作品を分析・要約して直接的な「答え」を生成・提示してくれるわけだから、遙かに常識的で的確な講評をAIの方がしてくれると思います。

ぼくはみんなに、これからの時代、AIにできない、「自分にしかできない」ことを考えるように何度も言ってきました。
そのぼくが、AIにでもできるような常識的な講評をするのは違うと感じました。

 

考えました。

自分にしかできない、卒業していくみんなに最後に伝えることとは何か。
まずみんなは創作の大学へ来て学んだのだから全員「作家」のはずです。
作家というのは、その作家でしか書けない表現だから作家と呼ばれています。

ですが、現実は、プロでは売れるものでなければ掲載も連載も単行本もなかなか出してもらえないこともあり、いつのまにかアンケートという、マーケティング重視のデータで創る作品が中心になったのが、ぼくが歩んできたこれまでのプロのメディアです。

ぼくは作家として、「今、これが売れているからこういった感じで書け」という、編集たちからの要望はとてもイヤで、つまらなく、自分の作品を書くためにどうすればいいか、そのことをつねに考えていました。
編集の要望に応えながらも、自分の作品の形へと持って行く。
これはぼくの周りの、今も活躍する作家仲間たちといつも議論していたことです。

もちろん、当たり前ですが、書きたいものだけでなく、お金のために書いた作品もいくつもあります。
ですが、自分しか書けない作品があったからこそ、ぼくは何十年も、そして今でも作家をやっているし、作家としてぜったいに必要な「研究」も、つねに「目的」を持ってやって来られたと思っています。
そしてAI時代となった今、絵や物語が描けなくてもAIで創作できる時代になりました。
AIは、今、スマートフォンがなければ困るように、AIも生活の必需品となってきています。

その中で作家として生きるにはどうしたらいいか、卒業してからのみんなにとっても大きなテーマとなるはずです。

 

作家として生きるということは、作家だけで生きるということではありません。
もちろん、プロとしてそれだけで生きれたら最高ですが、この世界はそんなに甘い世界ではないことは、50年以上この世界で生きてきて、ぼくの周りにいたたくさんの天才作家たちが、時代の流れの中で、作家として食べられなくなっていったことを見ているので、その厳しさは知っています。

ですが、作家だけで食べられなくても、働きながら作家をつづけることをみんなにはやってもらいたいと思っています。
作家として生きることは、本当に面白くやりがいのある、ぼくは作家で生きてきてよかったと実感しています。
作家であったおかげで、世界で活躍する何人もの人たちと出会い、またそんな人たちと友人となってきました。
会いたいと思った人はほとんど会うことができました。
同じ作家仲間も、戦友のように、今でも会うと創作のことで熱く語り合います。
また、自分の大好きな世界に身を置き、その風景の中で世界中飛び回り、見て、経験して、感動してきました。
そしてつねに新しいものへの挑戦。
大学に入り、研究者ともたくさん出会い、研究仲間もまわりにたくさんいます。
この世界にいたからこそ、自分が興味の中で自由に成長できたと思っています。

「しあわせ」は何かと考えたとき、これだけの人や風景、すべての興味あるものと出会える生き方、まさに「しあわせ」を感じることのできる場所だと、ぼくは感じています。

 

この総括は、ぼくにしか書けないことを、みんなに伝えることなので、どうしても田中誠一.という作家の生きてきた経験で書くことになります。
ぼくはエッセイやコラムも、サンデー毎日や、モノマガジンなどで何年も連載してきたことから、エッセイの感覚でこの総括を今書いています。

ぼくの場合、自分にしか書けない作品を書くためにやってきたことは、間違いなく「取材」です。
20歳半ばからの作品は、ひとつの作品を書くにあたって、だいたい2年の取材期間を使ってきました。
たとえば、ぼくの作家として一番多く書いてきたボクシングの世界です。
その世界のボクサーならジム、プライベート、試合、そのボクサーの生まれ育った場所、両親、兄弟、友人、コーチなどなど徹底的に取材してきています。(これだけやるのだから、実際2年はかかります)
こうやって書くと、すごく大変のように感じるかもしれませんが、そのボクサーのことを知ると、「もっと知りたい」、「もっと知りたい」とワクワク感がどんどん膨らんでいきます。
そして次に、「書きたい」という衝動が抑えきれなくなっていきます。
「書きたい」「書きたい」「書きたい」、どんどん作品のキャラクターたちが頭の中を動き回ります。
そしてラフを創ると、それを持って出版社や、テレビ局にプレゼンです。
編集たち、ディレクターたちにとっても、ぼくにしか知らないことが詰まった作品の企画に、マーケティングを忘れて「やりましょう!」と言ってくれる編集が、10社回ったら、1社は必ずありました。

その編集が心を動かされたのは、ぼくが選手と過ごした日々から生まれてきた、ぼくだけの言葉であり、感覚であり、空気感です。
つまり、キャラクターがぼくの吐き出す作品の中で生きているということです。
その生きたキャラクターに編集は惹かれたわけです。
それは当たり前ですが、ぼくにしか書けない言葉であり、作品です。

 

以前、みんなにも見せましたが、ぼくの著作「拳雄たちの戦場」の前書きに、ちばてつや先生が書いてくれた言葉があります。
その一部を抜粋します。

その闘士たちが、どのようなきっかけでボクシング界に入り、どういう練習を重ね、どのような体調のもとにリングに上がり、あの名勝負が行われたのか。
田中誠一さんの熱い文章の行間から、また、田中さんの目でしか取れない写真やイラストをとうして、リンクサイドの興奮が、ドラマが臨場感を持ってひしひしと伝わってくる。
もう少し早く田中誠一さんと会っていたら…
この一冊のさわりだけでも読んでいたら…
「あしたのジョー」も、もっとさらに豊富なキャラクターに彩られ、もっと深みのある、もっと人間味に溢れた作品になったのではないか…
と、今更ながらではあるが残念でならない。
ちばてつや

ぼくにとって、宝の言葉です。
ぼくは小学生5年のとき、「あしたのジョー」に出会い、震えるほどの感動とともに、マンガ家への憧れ。それが自分の表現の原点になっています。
ぼくの中の一番高い山の頂上が、「あしたのジョー」でありちばてつや先生です。
そのちば先生からの言葉。
作家にとってこれ以上の喜びはない言葉でした。

ぼくは連載の締め切りだけで、3年ほど前に数えたら1200以上の締め切りをやってきていました。単発の作品を含めると1500ほどの作品を創ってきています。

やめようと思ったことはありません。
これ以上面白い生き方はないからです。

ぼくは大学へ来て研究者として生きるようになって、まず感じたのが、大学の学生たちのあまりの作品の少なさです。
みんなに何回か言ってきたことだから、みんなもわかっていると思います。
「書きたいものがわからない」と答える迷子の学生もいました。
ぼくはそういったことがなかったので、それはなぜなのか、ぼくなりに考えました。

ぼく自身は、書きたいことがいっぱいあります。
歳を取るごとに増えてきて、書きたいことだけではなく、今はマンガを使った、教育、観光、福祉、経済、人材育成と、つねにいくつかのプロジェクトを進めています。
ひとつひとつ本気で取り組むと、やりたいことも増えていくというわけです。
今も、2月冒頭にさくら市の市役所で大きなプレゼンが控えていて、その資料制作で毎日奮闘しています。
今、ぎっくり腰で椅子に連続で座れる時間が1時間が限界なもので、座って、寝ての繰り返しで自分なりにがんばっています。
少しぐらい休んだらと言われますが、休むと落ち着かず、よけいに苦しい時間になってしまうからです。

では、ぼくは10代のころからなぜそれだけの作品を書けることができたのか。
みんなとの違いは何なのか、考えてみました。

ぼくががんばれた一番の要因は「プロ」でした。
17歳のとき、週刊少年ジャンプで賞をもらい、17歳から音楽も含め、自分の創っていった作品がプロの作品となったことが大きかったと思います。

プロになれば当たり前ですが、レベル以下の作品を創ったとたんに、仕事はこなくなります。
実績のない新人など、ダメと思われたら簡単に捨てられる世界です。
その世界に夢を抱いていたこともあり、とにかく必死でした。
仕事がこなくなるということを「死ぬ」と捉えていました。
作家として「死ぬ」というわけです。

みんななも同じだと思いますが、自分がこの世界で生きて行けるのか、とにかく不安でした。
不安だから、とにかく創るしかなかったのです。
プロになっていたから、次々に創っていかなければ忘れられてしまうし、レベルを落とせば仕事はこなくなります。

もし、あのときプロでなかったら、間違いなくサボっていたと思います。
「今日、これだけやったし、まぁいいか」と、創る苦しさから逃げ出せる場所にいたなら、ほとんどの人は逃げだします。

作品を創っていくにおいて、すべて生きたキャラクターを生み出すことから初めてください。
いくら技術を磨いても、構図やパースなど研究しても生きたキャラクターが生み出せてなければ、その技術は漠然としたものになります。
生きたキャラクターを生み出せば、そのキャラクターに命を与えるために、目的を持って技術を覚えたいと思うはずです。
ぼくが新しい技術を作品に取り入れたいと研究しているのは、生きたキャラクターが見えていて、そこにどうやったら命を与えられるかつねに考えているからです。

冒頭にみんなはとにかく作品が少なすぎると書きました。
自分が何を書いていいかわからないという学生の言葉も書きました。
それも含め、生きたキャラクターを生み出せば、まず「何を書いていいかわからない」という悩みはすぐに解決するはずです。

キャラクターが動き出せば、キャラクターと会話するだけでどんどん自分が生んだキャラクターのやりたいことが見えてきて、書きたいことはどんどん増えていきます。
増えていけば、生きているキャラクターなのだから、そのキャラクターの生きている世界を知りたく、取材で飛び回ることになっていくはずです。
すると、いろいろなことを経験し、体験し、自分の中の、キャラクターの生きている世界が膨らむことで、「書きたい」「書きたい」「書きたい」と、もう自分の中から吐き出したいことが溢れでてきます。

そしてキャラクターが動けば、そのキャラクターが映像のカメラワークのように頭に浮かんでくるはずです。
その浮かんだ構図を書くために、必要だと思えば必死にパースなど技術を学びたいと、やらされる勉強ではなく、自分の表現手段として自分が知りたい勉強になっていくはずです。

友人の高橋留美子先生に、らんまが始まる前あたりだったと思います。
留美子先生のマンガのテクニックを知ろうと質問したことがあります。
「留美子先生はどうやって創っているのですか?」
そのときの留美子先生の答えは「頭の中に見開きでキャラクターの動きがどんどん見えてくるの」という答えでした。
自分の創ったキャラクターを留美子先生は「自分の子ども」といつも言っています。
その子ども達が留美子先生は頭の中で動き、あの天才的な作品が生まれていたということです。

生きたキャラクターを生み出せば、みんなもすべてのことが見えてくるはずです。
特にAI時代においては、生きたキャラクターを動かす、3D化する、会話ができるようにする。
これからはハプティクスなど感触も創れることにもなるし、味も世界中で研究されています。

生きたキャラクターが創れた時点で、すべてのテクノロジーは自分だけの作品を羽ばたかせてくれる「道具」となるはずです。

最後にぼくがみんなに伝えたかったことは、「生きたキャラクターを今の時代の中で考えてください」ただひとつです。
絵の技術的アドバイスや、普通なら講評でやる、細かいチェックなどより、まずはキャラクターが創れなければ何も始まらないというのがぼくの考えです。

ぼくのキャラクターの生み出し方を簡単に書きましたが、これは作家によってみんな違うと思っています。

ぼくはノンフィクションの作品も数多く書いてきたことから、スポーツ選手なら、そのスポーツ選手がどういった環境で、どういった人たちに囲まれ、どういった生き方をしてきたのか。
そして、いつ、そのスポーツと出会い、世界のトップ選手になっていったのか。
それを徹底的に取材することで、選手のキャラクターが出来上がり、生きたキャラクターが見えてきました。
実はフィクションでも同じやり方で作品を創ってきています。

みんなが今から生きて行く世界は、AIにより、作家は、本当の作家しか生き残れない時代が来たと思っています。
AIには創れない、自分が感じ、自分が体験し、自分の五感で感じた中、自分だけの作品が創れる作家です。

ぼくはとてもいいことだと思っています。
AIによって、人間が生み出す作品を考えなければ生きていけない時代になったということは、本物の作家だけが世に出られる時代になったということだと思っています。

プロでまだ仕事をしていないゼミ生は、まずプロを意識して制作をやってみてください。
プロで生きることは大変ですが、プロになることは簡単です。
人には自分しか書けないものを必ず持っています。
それを表現することで、驚きや感動、また情報でもいいです。自分の生きてきた中で、自分の得意とする分野で、キャラクターを生み出し、そのキャラクターをどのように使えば、クライアントが求めている作品が創れるはずです。
たったこれだけを考え、いつも言っている「だれにでもできることを、だれにでもできないだけやる」で、それはお金を取れる作品になります。
最初に書いたように、プロとして仕事を請ければ、大学の課題の何倍ものテンションを持って作品に向き合えるはずです。
この先、制作していくためにも、プロを知ることで、本気の自分を経験して、見つけてください。

最後なので長々と書きました。
ぼくが作家として、ぼくしか伝えることのできないことを、ゼミの総括として書きました。

田中誠一.

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

旅の空XXI Boxing scenery

20代後半から40代と、当時のぼくのスケジュール帳は
毎日がボクシングだった。
後楽園ホールを中心とした試合会場、ボクシングジム
沖縄から北海道まで選手の育った地。
海外へもボクシングのためだけに。
生きるとは…生命力の強さとは何かを追いかけた日々だった。

2026年1月1日 春風献上

春風献上
2026年創造する一年に!

「昨日のことをくよくよ悩むより、明日を創造しようじゃないか」スティーブ・ジョブズ の言葉より

 

「人間とは何か…」を知る旅のはじまり

2025年、ここでも毎回取り上げてきたAIによって考えさせられる一年だった。

ぼくたちは生きている。
当たり前のことだ。
だが「生きる」ということは、「死」があるから「生」の概念が生まれてきている。

今AIは人間がやってきたことを、エクスポネンシャルに次々とやれるようになっている。
そう、AIの発達によってAIの概念が生まれ、ぼくたちは「人間とは何か」を考え始めている。

もちろんAIを生み出したのは人間である。
人間が想像し、「こういったものがあれば」と、人間がやっている知識的なことを、機械でできればと考え、人間の脳を模したディープラーニングの研究からジェネレティブAIが生まれてきた。

つまりジェネレティブAIは、今までぼくたちがやってきた「人間の知の部分」をやってくれるようになってきた。
そこでぼくたちは考えた。
「今までぼくたちがやってきた、人間の持つ知識と言われてきたことは、機械にできることだったのか」

1965年から1990年あたりまで、日本人はエコノミック・アニマル、つまり経済的な動物と言われ、機械のように働くことで経済を伸ばしてきた。
「24時間働けますか」というCMが流れていたのもそのころである。

そのことによってバブルが生まれ、89年の日本の時価総額ランキング50では、5位までを日本企業が占め、全体でもトップ50社の中、日本企業が32社を占めていた。

今年の流行語大賞は「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」となったが、その時代を生きてきた人間として、エコノミック・アニマルのような生き方がしあわせだったかと言えば、違和感を感じてしまう。

24時間働き、とにかくお金を稼ぐことがしあわせなのか…

その後、バブルは弾け、生産の時代から、GAFAMを中心とした情報の時代へと変わった。
日本はその情報の時代に乗り遅れ、お金を稼ぐしあわせからも遠のいてしまった。

そして2025年、時価総額1位に出てきたのは、半導体のファブレス「エヌビデア」である。
そう情報の時代からAIの時代に、変わって行ったターニングポイントの年が、2025年だったのだ。

ぼくは生産の時代から情報の時代、そして今からは「体験の時代」だと思っている。

AIによって、「人間とは何か」をだれもが考え始めてきている。
人間はAIのように、データだけで生きているわけではない。

ぼくたちは、過去、現在、未来という時間の中に生きている。
現在は一瞬のうちに過去となり、未来が現在となる。
つまり過去の自分は死ぬということだ。
人間は一瞬、一瞬、その生死を繰り返し、その繰り返しの中には「体験」があり、その体験のつながりが。自分の自分だけの人生となっていく。

命あるその一瞬、「今」を一生懸命に生きることが、人間として生きることではないだろうか。
データで生きるのではない。
「今」を「体験」とともに生きるということ。
これは「人間」にしかできないことだ。

過去の知識に生きるのではなく、「今」の体験の中で生きる。
そう考えると、人間の生き方は間違いなく変わっていくし、まずあらゆる面において「常識」を変えなければならない。
今、ぼくはひとつの論文に取りかかっている。
大学に携わっていることで、「教育」も変わらなければならないと、論文を書いている。

ヒントは50年以上関わってきているマンガを創ってきた「体験」である。
キャラクターを生きた人間として生み出すために、ぼくの場合はキャラクターの生きている世界に身を置きとにかく、その世界でキャラクターが生まれるまで取材の日々だった。
作るではなく、生み出していく。
そうやってやってきたことが、「人間とは何か」のヒントとして「今」、見えている。

2026年に向けて、やりたいことがまた増えてしまった。

今回も「旅の空」の動画を創った。
80年代、90年代に追い続けたボクサーの思い出の1分間。

旅の空XX
Boxers
80年代、90年代はとにかくボクシングの日々だった。
「あしたのジョー」から始まったぼくのボクシングの旅は
何人もの矢吹ジョーを探す旅であり、矢吹ジョーに出会う旅だった。
勝利と敗北、喜びと無念…
そこには敬虔な生き様がいくつも渦巻いていた。

AI時代の作家と研究を考える

この数年で、表現の制作の概念がまったく変わってしまった。
たとえば音楽。
曲を創るにおいて、楽器が弾けるということが大前提だった。
ぼくもプロでミュージシャンもやっていたわけだが、ギターがなければ自分が創った曲は生み出せてはいない。
だが、ボカロの登場で、楽器が弾けることより、自分の中から生まれてくる自由な表現。
ギターやピアノなどから生み出すという枠に引きずられない、まさにその人間の持つ作家生から発する音や言葉から曲を生み出すことのできる時代になっている。
つまり楽器が弾けなくても、浮かんだ曲を形にすることができるのだ。

その元になるのは、「どういった経験の中で、どういった生き方をしてきたか」で浮かんでくる表現は大きくなっていく。

実際、ボカロによって生まれてきた、米津 玄師やYOASOBI、Adoなどアーチストは、今までにない独自の世界感を持って、世界中で通用し、活躍するミュージシャンになっている。

これはぼくが大学で研究しているマンガの世界でも同じではないだろうか。
本来、マンガは「絵」の表現ができるということが大前提だったのだが、ジェネレティブAIの登場によって、マンガの形も絵以上に大事なものが見えてきている。

きっとこういうことを書くと、AIはデータによって作るのだから、絵の個性が消え、自分だけの、自分しか創れない表現を生み出すことはできないと言ってくるものが多数派だと思う。

では自分だけの表現とは何なのだろうか?

ぼくはマンガでキャラクターを創るときは、「生きている人間」を生み出すために、そのキャラクターがどこで生まれ、どう育ってきたか細かくつねに、そのキャラクターの年表をつくり生み出してきた。

これは、ノンフィクション作家もやっていたことから、たとえばボクシングの世界チャンピオンを書くとなれば、そのボクサーはどういう所で育ち、どういった家族の元で、どういった友だち、恩師、コーチなどどういった出会いがあり、世界チャンピオンになっていったか、「知りたい」を追いかけて細かく彼の生きてきた道を追いかけ取材していく。
当たり前だが、すべて現場に行き、ひとりひとり会って話しを聞き、ぼくの場合は細かく写真も撮ってきている。
すると少しずつ、「生きている人間」として、自分の中でそのキャラクターが見えてくる。

ぼくの場合、マンガの原作の作品も多く、マンガ家とは満に、取材の同行してもらったり、生きてきた道を創り上げることでキャラクターを創り作品にしてきた。
自分の頭の中にある絵(表現)を、なるべくマンガ家には具体的に伝えたいとやってきた。

そのマンガ家に伝えていたことをAIに伝えるとどうなるのだろうか?
自分の頭にある表現を形にすることはできるのだろうか?

そう、楽器に頼らず、楽器に引きずられることなく、自分の頭に浮かぶ音をボカロによって表現するのと同じように、作品を創ることができるのではないか。

ぼくが取材をし、ぼくが感じ、ぼくが感動し、ぼくの中から生まれたものを、AIを道具として創作したものは、間違いなくぼくにしか生み出すことのできない創作になるはずである。

今、いろいろと大学で実験を繰り返している。
自分が取材してきたことをAIにプロンプトで伝え、学習させ、取材で撮ってきた写真を元にキャラクターを創り上げていく。
キャラクターがどう成長していったか、その成長もAIを使い、自分の持つイメージを形にしていく。

Sora2を使い、それを動画にもしてみた。

もちろんうまくいかないこともある。
だが、次々にそれをカバーできる新しい機能を持ったAIも日々生み出されている。

エクスポネンシャルに今、時代は流れている。
今日できなかったことが、明日にはできるようになっている時代だ。

自分の頭の中にある表現は、絵にしろ、音楽にしろ、もっと言えばすべてのことが、イメージすれば形にできる時代がやってきている。

そうなれば、そのイメージを生み出す人間がすべてになってくるはずだ。

作品を今までのような、過去データを学んだり、参考にしたりで作るなら、それはAIに任せばいい。
つまり、自分の生き様から生まれてくるものが作家と呼ばれる時代。

AI時代の作家は、人間にしかできない、自分にしか表現できない自分の生き様、経験、体験から、膨大な視野から生み出される発想を持つことが重要だと思っている。

今回も「旅の空」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。
旅の空XIX
hidekazu Akai

彼に最初に会ったとき、ぼくが彼を描いたイラストを渡した。
「一番嬉しいプレゼントです」
豪快な彼の笑顔から彼の取材がはじまった。だがリングでの事故…
ボクサーとしての、彼の夢が突然終わった無念。

AIから加速した「知りたい」への旅

この一ヶ月、TikTokを見ていると、sora2で生成した動画に溢れている。
もちろんぼくもsora2で動画をいろいろ生成し、コンテンツを制作する上で一気に視野が広がった感がある。
とくに自分の顔・声を登録して動画にする「カメオ」機能には驚かされてしまった。
たった2カットの自分の顔を撮り、指定された3つの数字を読むだけで、自分が動画の中に存在してしまう。
それも自分で見ても完璧に近い自分がそこに存在する。

満員の観衆の前でドラムを叩かせてみたり、ボクシング中継をやらせてみたり。
特に驚いたのは、ロックシンガーになって歌わせてみたのだが、自分の声でシャウトして、sora2が作ってきた曲が、いかにも自分が作りそうなコード進行、歌詞で生成してきたことである。
自分の静止画の似顔絵のキャラクターを入れたら、プロンプトで指定したとおり静止画がアニメーションで動いてくる。

これは使えると、来月の5日の宇都宮で行う講演の告知をつくるようにプロンプトで打ったら、見事な告知動画も一瞬で作ってくれた。

 

【sora2で生成した動画】
soraだけではなく、GoogleのNano Bananaも、AIで1年前まで大学で学生と研究していた、同一キャラクターでの動画作成が簡単にできてしまう。

今年に入りAI研究は、独自に自分のAIに学習させる開発ではなく、次々に生まれてくるAIアプリを重ねることで、自分が生成したいコンテンツを生み出せるようになってきた。

AIを研究することで、「人間とは何か」を研究者たちは考えるようになったと、今までここで何度も書いてきた。
では、「人間にとって幸せとは何か」を考えたとき、「幸せとは、お互いのつながりのなかから生まれてくるもの」だとぼくは思っている。
それは「人とのつながり」「自然とのつながり」「知識とのつながり」などなど…
その中に間違いなく「テクノロジーとのつながり」が入って来たと思っている。

自分にとって大事なものは何なのか。自分が本当に好きなことは何なのか。それを探すことに目を向け幸せを求める。
それは自分自身と向き合うことから生まれてくる。
自分自身としっかりと向き合い、自身の心と自問自答する。
だが、人間というのはどうしても視野が限られてしまう。

ChatGPTと会話する。
日常のことから、仕事のこと、趣味のこと、そして哲学的なことまで、話は永遠とつづく。
答えを求めているのではない。
答えのないことなどChatGPTはわかっているように、ぼくの会話を広げていく。

そして「ハッ!」と思わせられる言葉が出てくる。

「そう来たか!」といった水平思考の考えが飛び出してくる。
ぼくの視野が広がり、またひとつ、ぼくの中の大事なものへのアプローチを発見し手に入れる。

幸せとは何か?
人は死ぬまで、「知りたい」と生きている。
「知る」ことで成長し、「知る」とその先の「知る」と出会うことになっていく。

恋だって、愛だって、そこには「知りたい」がある。
「知りたい」から「創りたい」が生まれてくる。

AIから自分の中で加速した「知りたい」の新しい旅。
その「旅」を続けることが幸せなのかもしれない。

 

今回も「旅の空 XVIII」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空XVIII Tadashi Maruo】

1985年
ロスアンゼルスのダウンタウン
メインストリートジムで彼とは出会った
映画「ロッキー」の舞台でもあるこのジムから
夢を叶えるために…

答えのない答えを求めていく

大学でのぼくのゼミでは、課題は自分で決めることにしている。
「課題の目的」というレポートを提出してもらい、「目的」が定まっていない場合は、課題の制作には入れないことになっている。

ChatGPT3.5が一般公開された2022年11月からは、レポートを書く上で必ずAIを使うように指示している。

アーティストが制作に挑むとき、「なんとなく」では、まずまともな制作などできるわけがない。。
数年前、ながやす巧先生と話したとき、ひとつの作品を生み出すとき取材など2年の時間を掛けていると話してくれた。
実はぼくも、取材で最低2年追いかけ、生きたキャラクターを生み出してきた。。

もちろんそれはプロの作家としての「覚悟」があるからである。
学生は「絵が好きで絵がうまくなりたい」と、「絵」が優先順位のほとんどを締めて大学にやってきている。
大学に来たときから言っているのだが、それだったら学費の高い大学ではなく、専門学校で学ぶ方が、レクチャーを主として学ぶ場所なのだから、絵の描き方は間違いなく上達するはずだ。
でも、大学は違う。
研究機関である。

ぼくは作家は研究者でもあると思っている。
興味を持ったものをとことん調べ、生きたキャラクターを生み出すためだったら、世界、どこへでも行くし、モデルとなるキャラクターを見つけると、とことんそのキャラクターを追いかけ、深くリアルに知ることで自分の中からキャラクターが産み出るまでとことん粘る。
それにはどうしても2年以上かかってしまう。

もちろん学生にそれができるとは思っていない。
だが、大学で真剣に研究し、制作する以上、プロ、アマ関係なく作家の意識だけは持たなければならないと思っている。

大学で学生を見ていると、自分がやりたいことが漠然としていて、目的の解像度が低いまま、「なんとなく」で制作を進めるて、宿題のように課題を提出してくる。
もちろんそれでは表現者としての「覚悟」などまず生まれるわけがない。

ましてやAI時代。
絵に優先順位を置いている学生には、生成AIを使って成長していくキャラクターを創って見せている。
レベルの高い、魅力的な絵をAIは、それもそのキャラクターが生きている世界の中で成長を創ることができる。

絵を創るだけなら、AIの方が遙かに魅力的なキャラクターを数秒で生み出してくれる。

なぜなら今の生成AIには何兆というパラメータ数から、こちらの意図と形にしてきている。
狭いひとつの思考ではなく、水平思考も含め、あらゆる可能性をプロンプトで引き出すことができる。
それを見て、人間は自分の中の可能性を大きく広げ思考する。
そのために、AIを活用するべきと指示をしているというわけだ。

それともうひとつ。
AIを知ることによって、人間が今までいかに「機械」のように生きてきたかを知ってもらいたいとも思っている。
それは教育に関してでもある。
そしてそこで「人間とは何か」を考えてもらいたい。

ぼくは今、10代、20代のころ読んでいた「哲学」の本をまた読み返している。
自分の目的を考えたとき、究極は「しあわせ」になることだと思っている。
そのためには「お金」はいるのか?権力がほしいのか?ぜいたくに生きたいのか?
それがしあわせなのか?
ぼくが10代のころ夢中で読んだフランスの哲学者アランの「幸福論」ではこう言ったことが書かれてあった。

「人間は自分の意志によって幸福になれる」
つまり、外的な環境や偶然の出来事に振り回されるのではなく、自分の心の態度を整えることで幸福は手に入る。

人間の生み出す哲学は、AIの答えを求めるでななく、「答えのない答えを求めていく」。
人間は実におもしろい。

 

今回も「旅の空 XVII」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空 XVII Hiroyuki Miyata】

彼の忘れない言葉がある、
「本気で闘いながら、本気で闘っていなかった」
その言葉の意味
「ぼくは人を殴れなかった」
ボクシングには殴られる怖さだけではない。
人を殴る怖さもある。

AIと道教と禅

「冷暖自知(れいだんじち)」という禅語がある。
目の前に水がある。
その水は見ているだけでは、「冷たい」のか「暖かい」のかわからない。
その水に触ってみる。
もしくは飲んでみなければ、「冷暖」を知ることはできないという意味の言葉である。

つまり、まずはリアルを知り、そこから考える。

「考えるな、感じろ (Don’t think, feel.)」
70年代、男の子がみんな真似した「燃えよドラゴン」でブルース・リーが発したこの言葉は、まさにリアルを知れという言葉だ。
感じるということは、痛みや喜び、季節の移り変わりなど、自分の五感で感じるリアルの中から生まれてくるものだ。
他にも「私は1万種類のキックを1回ずつ練習した人を恐れない。だが、1つのキックを1万回練習した人を恐れる」といった、つねにリアルの上に成り立つからこそ、ブルース・リーの言葉は名言となっている。

ブルース・リーの名言は間違いなく「道教」から来ている。
だからブルース・リーに夢中になっていた高校生時代、図書館に行って「道教」の本を読みあさっていた。
すると、道教と禅が同じ宇宙を持っていることに十代のとき気がついた。

その種が、30代後半、武術を題材にした作品を書きたいと芽を出し始めた。
リアルを知りたいと、武術の取材は沖縄から始まり、琉球武術を取材していけば、中国拳法の流れが見えてくる。
ならばと中国へも何度も足を運び、もちろん武術の生まれた少林寺、そして菩提達摩が面壁九年の修行を行った嵩山にも登り、その洞窟で座禅も組んだ。

禅の祖であり、武術の祖である菩提達摩を知りたいと追いかけているうちに、武術の取材は菩提達摩を軸とした取材になっていた。

2000年あたりから、デジタルで作品を創り出したのだが、デジタルを使い始めたきっかけは、一般に言う、「デジタル」の考えとは真逆の発想からだった。

フォトグラファーという仕事もやっているのだが、自分のイメージした世界をを表現するために、フイルム選び、レンズ選び、露出、シャッタースピードなどなど、つねにデータを取り、イメージ通りにフイルムにどう焼き付けるか…
ある程度はイメージ通りに近づいてきたものの、たとえば空の青さが、自分の目にはもう少し濃く映っていたが、フイルムには微妙にその青さ足りないといったそういうことはつねにあった。

だが、Photoshopを知ったとき、自分の目で見て、感じた、そのリアルを調整で完璧に表現することができるではないか。
ぼくにとってデジタルは、自分の感じた五感を形にすることのできる道具だった。

そして今、AIを研究している。
ここでも何度も書いてきたことだが、AIによって今まで深く考えてこなかった「人間とは何か?」「自分とは何か?」をつねに考え始めている。

それはAIによって、「人間」が「人間」としてどう生きるかを問われる時代に入ったということだ。
人間は機械ではない。
機械のように働くなんて機械にやらせればいい。
人間には人間にしかできない…だから「考えるな、感じろ (Don’t think, feel.)」!
AIはそう教えてくれている。

そう、再びぼくの前には「禅」の生き方、「道教」の生き方という哲学が突きつけられている。

 

今回も「旅の空 XV」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空XVI Kengo Nagashima】
彼と出会ったのは、彼がまだ8歳のときだった。
そのとき、サッカー選手になりたいと言っていた少年は、ボクサーであった父の背中を追いかけ、父の開いた地方のボクシングジムで、世界タイトルに挑むまで駆けていった。

AIを研究することで、「人間」を研究する

自分が「やりたい」と思ったことには、必ずそこに自分の中から湧き出た「アイデア」があるから、「これでチャレンジするか!」という思いになる。

これはだれでも経験していることだと思う。
だが、自分のアイデアで生きて行ける人間と、いけない人間がいる。
99%の人間がアイデアは沸くが、そのアイデアで生きてはいけない人間だ。

 

では、そのの差はどこにあるのか?
99%のアイデアで生きれない人たちも、数千通りの優れたアイデアが湧き出たにかかわらず、その人たちはそれを実行しない。
一方、アイデアで生きることのできる1%の人たちは、アイデアを必ず行動に移している。

同じように、不幸な人と幸福な人、失敗した人と成功した人、その違いはいったいどこにあるのだろうか?

そう、簡単なこと。
「実行力」
それは人間に生まれ持った才能などではない。

今まで世界を相手に、頂点に上り詰めたスポーツ選手、マンガ家、アーチストたちと、何人も会ってきた。
もちろん「天才」たちである。
だが、その「天才」は、ぼくがいつも学生に言っている「だれにでもできることを、だれにでもできないだけやる」ことで手に入れたものだ。

その「だれにでもできる」ことを、「やりたい」とすぐに実行した。
それがなければ、当たり前だが「天才」は生まれていない。
そう、すべては実行するかどうかの違いだけ、ただそれだけだと思う。

人間の差など大して違いなどないし、生まれ持った差があってもとくに現代は、テクノロジーがそれをカバーする時代に今はなっている。
そうなると、やりたいことで生きる人間は「実行力」があるかどうかで決まるというわけだ。

「実行力」を持てば、なにより世界が広がっていく。
何人もの人たちと知り合え、いくつもの世界中の美しい世界に触れることができる。
生きている中でどれだけの「出会い」があるか…
人であれ、風景であれ、知識であれ、哲学であれ…
その出会いが「しあわせ」の大きさだと、年齢を重ねたことで感じている。

大学で学生たちをみていると、スマートフォンをいじりながら、知りたいことを知ったつもりでいる。
実際に見たことも、触ったことも、味わったことも、人間の感じる空気感をまったく知らないで、知ったつもりでいる。

AI時代、「人間とは何か?」を考えたとき、人間が生きるということは「経験」、つまり行動することで人間が人間として生きることの喜びや、苦しみや、悲しみと出会っていくのが人間だと感じる。

今、ぼくの研究はAIを研究することで、「人間」を研究することになっている。
ならば、AIを使うことで、ぼくたちのまだ知らない、人間という「宇宙」を探ることはできないか…
最近の自分の研究テーマである。

 

今回も「旅の空 XV」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空 XV Ozaki Fujio】

静かな男だった。
彼に話しかけると、いつも静かに笑みを浮かべていねいに答えてくる。
だが、ボクサー尾崎富士雄は違った。
カメラのファインダーから見える尾崎の顔はいつも叫んでいた。
闘志が叫びとなって、その瞬間がフイルムに焼き付けられている。

「才能」とは何かを考える

AIによって「才能」という概念が変わってきている。
いや、人間にとって「才能」という一番大事な能力をAIが思い出させてくれているのかも知れない。

「いい絵を描く」「いい音楽を作る」「いい物語を作る」などの「いい」とは、今までは「才能がある」と称されてきた。
だが、ジェネレティブAIは、いい絵も描くし、いい音楽も作るし、いい物語だって作ってしまう。

ジェネレティブAIは、ディープラーニングという、人間の脳を再現する研究からできている。
ジェネレティブAIは、何億という莫大なデータを学習に使用し、写真や絵、人が書いた文章を人間が普段脳内にインプットしているものと本質的に同じということだ。

つまり、形にはまった「いいもの」はAIの方が優れているということになる。
「形」を「答え」にかえてみればもっとわかりやすい。

人間には「想像力」というものがある。
人間が新しいものを生み出すとき、「こういったものがあれば便利だ、面白い」と、想像し、それを形にしたいと「答え」を探して研究する。
そう、人間は「答え」のない場所から、新しい「何か」を生み出す力がある。

AIも人間の想像から生まれてきている。

そして便利になったAIで絵を生成すると、数分で見事な絵を生み出してくる。
これを今、「才能」とはほとんどの人が思っていないと思う。
プロンプトによって絵を描くということにまだ思考が追いついていないからだ。
数分で、それもテキストで絵が生まれてくる、その便利さはだれにでもできると思っているからだ。

「写真」を例に挙げてみよう。
目の前のものを一瞬にして、シャッターを押せば即座に完成が生まれる。
だれでもシャッターを押せば、形にできる便利な道具である。

では、その「形」は、だれもが同じかと言えば、そんなわけがない。
そのシャッターを押した人間は、まず、その風景の中で、その空気感の中で、自分しか取れない一瞬を形にしている。
もちろんテクニックもある。
「いい写真」を見たら、まずだれもが「才能」を感じると思う。

「才能」とは、「形」や「答え」ではない。
その人が、その人間だけが生み出せる「一瞬」ではないだろうか。
その「一瞬」には、その人間の生きてきた「道」がある。
経験がある。
人生がある。
だから、写真にしろ、絵にしろ、文章にしろ、自分の生きた、その中から生まれてくる。

教本で習ったような、「答え」のような絵ではなく、自分の生きてきた中から生み出す、自分しか描くことのできない絵が「いい絵」ということになり、それが「才能」だとぼくは今、感じている。

ではジェネレティブAIから生み出す絵は、いい絵を生み出せないかというとそれは違う。
ジェネレティブAIをペンのように道具としてどう使うかだ。

ジェネレティブAIは「道具」として、自分の才能を生み出す最高の道具となり、今から、いろいろなアーチストがAIを道具として使った「いい絵」が生み出されてくるはずだ。

音楽でシンセサイザーが生まれたとき、それを「音楽」と認めない人もたくさんいたが、今は、どんな楽曲においてもシンセサイザーは使われるし、「テクノミュージック」という新しい分野も生み出している。
今で言えば、「ボカロ」によって、日本の音楽は新しい「才能」として世界中から注目を集めている。

音を生成したり、言葉を生成したり、絵を生成するテクノロジーは、つまりは「道具」でしかなく、「才能」とは、、その人間しか生み出せない表現を形にできる、生きてきた経験の中から「想像」する力を持ったもの。

人間本来の「才能」を、「今」AIが思い出させてくれている。

 

今回も「旅の空 XIV」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。

【旅の空 XIV kenngo fukuda】

彼とは、彼が愛媛から東京に出てきた日に出会った。
三迫ジムで、会長に輪島功一選手の話を聞いていたときだった。

初めてジムワークを見たとき、このボクサーは「強い」のひと言しかなかった。
彼はボクが彼のことを書いた書籍で使った一説
「強いものが勝つのではない。勝ったものが強いんだ」
その言葉が気に入り、インタビューでよく使っていた。
だが強い彼は、勝ち続けることができなかった。

無情自爆(むじょうじばく)

「無情自爆(むじょうじばく)」という禅語がある。
自分を縛っているものなど存在しない。自分を縛っているのは、ただ自らの思い込みに過ぎないという言葉だ。

大学で学生の悩みを聞いていると、「あぁ、自分も同じ年齢のころは自分の思い込みで自分を縛ってもがいていたな」と苦笑いをしてしまう。

よく悩みの相談を受けるのが、「○○さんはあんなに凄い作品が作れるのに、自分はダメだ」とか、「○○くんのようになるにはどうしたらいいのですか?」など、必ずだれかと比較しての悩みだ。
そんなときぼくは、「ここは大学なのだから、物差しを捨てようよ」と答えている。

大学は研究機関である。
答えがないから、答えを求めるのが「研究」のはずである。
高校までは「答え」があり、その「正解」を出したものが、先生に褒められる。
物差しので測られ、目盛りが高いか低いかで、出来る子、出来ない子と分けられる。

だが大学に入れば、本来は「研究」という、自分で答えを探し、見つける場所なはずである。
大学で20年近くいるが、ほとんどの学生は、いや、大学の先生にしても「物差し」を持って生きている。

たしかに教える側にとっては「物差し」を持てば楽である。
物差しの目盛りに沿って、答えを示し、出来る子、出来ない子に分ければいいからだ。

だが、何かを生み出すというのは、その物差しを疑い、そこから始まるのが、つまり研究である。
たとえばマンガにしても、手塚先生はそれまでのマンガになかった表現を次々と生み出し、紙の上でキャラクターたちが動き回る、マンガの形を生み出してきた。
物差しに囚われない、新しいマンガが生まれ、あの時代のマンガ家の先生たちは、あらゆる新しい表現を研究し、マンガの面白さを次々に生み出してきた。
それが世界に誇る日本のマンガとなったはずだ。

だが新たに生み出されたものは、「答え」となり、その「答え」が「物差し」になっていく。
物差しを「常識」という言葉に置き換えてもいい。
「常識」はまさに物差しと同じで、水戸黄門の印籠のようなものだ。

「マンガはこうしなければならない」
「イラストはこういうものだ」
「表現とはこうあるべきだ」
と、常識を掲げて、その答えの中に押し込めていく。
そうなると実につまらない。

研究機関である大学も、今はそんな「常識」の中で答えを求める場所になってきている。

「これで楽しいのだろうか」
「これが自由なのだろうか」
大学に来てずっとモヤモヤしている。
だから、大学では、教えるのではなく、物差しを持たないでマンガの可能性を学生と研究し、コンテンツを創ってきている。
【研究 Research】

こうやってここで好きに書いているが、実は書くことでまた、答えを探している。
ぼくはつねに「自由になりたい」と行動している。
それは「しあわせ」を探していることでもある。
でも、「しあわせ」は「心」が生み出すものだと思う。
ならば、「心」を自由にするにはどうしたらいいかと考える。

「心」を縛る大きな要因のひとつが、人と比べていることだ。
自分の年収は平均か、平均以下か。
自分の家は大きいか、小さいか、車を持っているか、持っていないか、あいつは自分より美人の恋人がいるとか…
それで「しあわせ」を測るなど、思い込みでしかないではないか。

まずは物差しを捨てよう。
それがぼくのひとつの答えである。

今回も「旅の空 XIII」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間

【旅の空 XIII Iizumi Kenzie】