「冷暖自知(れいだんじち)」という禅語がある。
目の前に水がある。
その水は見ているだけでは、「冷たい」のか「暖かい」のかわからない。
その水に触ってみる。
もしくは飲んでみなければ、「冷暖」を知ることはできないという意味の言葉である。
つまり、まずはリアルを知り、そこから考える。
「考えるな、感じろ (Don’t think, feel.)」
70年代、男の子がみんな真似した「燃えよドラゴン」でブルース・リーが発したこの言葉は、まさにリアルを知れという言葉だ。
感じるということは、痛みや喜び、季節の移り変わりなど、自分の五感で感じるリアルの中から生まれてくるものだ。
他にも「私は1万種類のキックを1回ずつ練習した人を恐れない。だが、1つのキックを1万回練習した人を恐れる」といった、つねにリアルの上に成り立つからこそ、ブルース・リーの言葉は名言となっている。
ブルース・リーの名言は間違いなく「道教」から来ている。
だからブルース・リーに夢中になっていた高校生時代、図書館に行って「道教」の本を読みあさっていた。
すると、道教と禅が同じ宇宙を持っていることに十代のとき気がついた。
その種が、30代後半、武術を題材にした作品を書きたいと芽を出し始めた。
リアルを知りたいと、武術の取材は沖縄から始まり、琉球武術を取材していけば、中国拳法の流れが見えてくる。
ならばと中国へも何度も足を運び、もちろん武術の生まれた少林寺、そして菩提達摩が面壁九年の修行を行った嵩山にも登り、その洞窟で座禅も組んだ。
禅の祖であり、武術の祖である菩提達摩を知りたいと追いかけているうちに、武術の取材は菩提達摩を軸とした取材になっていた。
2000年あたりから、デジタルで作品を創り出したのだが、デジタルを使い始めたきっかけは、一般に言う、「デジタル」の考えとは真逆の発想からだった。
フォトグラファーという仕事もやっているのだが、自分のイメージした世界をを表現するために、フイルム選び、レンズ選び、露出、シャッタースピードなどなど、つねにデータを取り、イメージ通りにフイルムにどう焼き付けるか…
ある程度はイメージ通りに近づいてきたものの、たとえば空の青さが、自分の目にはもう少し濃く映っていたが、フイルムには微妙にその青さ足りないといったそういうことはつねにあった。
だが、Photoshopを知ったとき、自分の目で見て、感じた、そのリアルを調整で完璧に表現することができるではないか。
ぼくにとってデジタルは、自分の感じた五感を形にすることのできる道具だった。
そして今、AIを研究している。
ここでも何度も書いてきたことだが、AIによって今まで深く考えてこなかった「人間とは何か?」「自分とは何か?」をつねに考え始めている。
それはAIによって、「人間」が「人間」としてどう生きるかを問われる時代に入ったということだ。
人間は機械ではない。
機械のように働くなんて機械にやらせればいい。
人間には人間にしかできない…だから「考えるな、感じろ (Don’t think, feel.)」!
AIはそう教えてくれている。
そう、再びぼくの前には「禅」の生き方、「道教」の生き方という哲学が突きつけられている。
今回も「旅の空 XV」の動画を創った。
20代に撮りつづけたボクサーの思い出の中の1分間。
【旅の空XVI Kengo Nagashima】
彼と出会ったのは、彼がまだ8歳のときだった。
そのとき、サッカー選手になりたいと言っていた少年は、ボクサーであった父の背中を追いかけ、父の開いた地方のボクシングジムで、世界タイトルに挑むまで駆けていった。




