喜迎新春

あけましておめでとうございます!

今年の年賀状は、追い求めている 菩提達摩の言葉を書きました。

すべての人が、道を知っている。
わずかな人だけ、道を歩いている。

2020年は、ブログで書いてきた通り、そのわずかな人だけの道を歩きます。

 

生命力の強さ

2019-12-31

2019年が終わろうとしている。
とにかく忙しい一年だった。
今年を振り返れば、忙しさの根底に、新しい、とてつもなくパワーを必要とする次ぎの段階への準備の1年だったように思う。

段階というのは、ぼくはテンションとよんでいるのだが、「今、生きていると感じる」べく意識の高さの場所である。

それは20代のころ、スポーツを取材しているとき感じたことだ。

取材をしていて、たとえばボクシングの世界チャンピオン、マラソンを2時間10分以内で走る選手、100㍍を10秒を切る選手、無酸素でチョモランマに登頂した登山家、世界を7度制した空手家、150キロを超えるボールを投げる投手…

そういった人間が到達できる限界の場所で闘い、限界を超えた高い意識で生きてきたスポーツ選手は、会った瞬間から「尊敬」しかない。
そして問答無用で憧れる。
だから話を聞きたいと思う。
だから書きたいと思う。

その感情、いや、もっと人間のもつ、だれもが持っているグツグツと身体の細胞がざわつく生命が根底で求めている感覚。
それは何なのか…
ぼくはそれを「生命力の強さ」という言葉で20代のころエッセイなどで書いた。

そう、人は生命力の強さを持つものと対峙すると、ただそれだけで尊敬と憧れを持って細胞がざわつきはじめるのだ。
同じ生命として、その強い生命を手に入れたものには憧れる。

それはスポーツ選手に限ったことではない。
作家だって同じだし、ミュージシャン、役者、組織の中で働く、サラリーマンだって、“その場所”に到達したものからは「生命力の強さ」を感じる。

その「生命力の強さ」というのは、高い意識を持ち上りつづけていく中で、「生きている」存在を、生きている意味を感じ始めたとき、生み出てくる「生きている感触」だと思っている。

「16フィートの真夏」という本を書いたとき、その主人公であるジャッカル丸山選手を現役から引退まで何年にわたって取材した。
目が見えなくなっても、拳が使えなくなっても、ボクシング協会から引退勧告されても、リングで闘うことだけを望み、引退させられたあとも、リングで闘いたいとずっとずっとこだわり続けていた。
「ここしか生きている感覚を持てない」

彼はリングに上がれなくなったときから、リング以外では生きている感覚を持てないことにもがいていた。
ボクシングは生死のやりとりである。
リングに上がるときは、ボクサーは「死」をつねに覚悟する。

そこで闘ってきたボクサーは、その「死」を覚悟した高いテンションの中でしか、「生きている感覚」を感じなくなってしまう。
死のない日常には生がない。
死があるから、生が輝くのだ。

そう、命を賭けて闘うものは、死がリアルでなければ生を感じなくなってしまう階段を上ってしまったのだ。

本当は人は本来そのことには気づいている。
人は必ず死ぬ。
いや、生命は必ず死を迎えることがわかっている。
だが、ほとんどの人はそれを見ないふりをして生きている。
本気で生きたら、テンションの階段を上らなければならなくなるからだ。
このままでいい…

だが、生命は必ず死を迎えるのだ。
ならば「生」を感じるためには、とことん生きると決めたならば、テンションの階段を上っていくしかないはずなのだ。
その階段を一段上れば、もう、今まで生きた場所では「生きている感覚」を得られなくなるのはわかっている。

もちろん、上り続けるのは「苦」が無限に続いていく。
「このままでいい」と階段を上るのを辞めるもの、あきらめるものもがきっとこの世の大半だと思う。

だが人は「生」を求めて、とことん「自分の限界の生」を求めて生きる生き物だと思っている。
人は「苦」を乗り越えて手にする「生」は、乗り越えた「苦」の大きさだけ、「生」の喜びを感じることを知っている。
だから階段を上りつづける。
だから「人生」なのだ。

2019年は、次ぎの段階の階段を上るために生きてきた1年だった。
その階段の舞台となるであろう、この1年の走ってきた中国でのことは、このブログでも書いてきた。

ちばてつや先生の元でやってきた大学は、2020年は専任という立場を離れることにした。
もちろん今からも、特任教授の立場で、ちば先生の元でもやっていく。
自由に動き、ある意味フリーの研究家として、作家としてやっていくために、年末も、大学での引き継ぐ人材、eラーニングなど、世界中どこからでも遠隔で講義できるシステムを駆使して、ちば先生には迷惑をかけないよう、来年度抜けても大丈夫なようにしておかなければならなく動いている。

さぁ、どこまで階段を翔けあがっていけるか。
自分の「生命力の強さ」はどれだけのものなのか。

覚悟はできている。

しあわせとは

2019-11-29

前回のというか、一月前のブログで「目の回るような忙しさが日々つづいている」と書いたのだが、間違いなく忙しさが加速している。

日本と中国の行ったり来たりの日々には慣れてきたのだが、両方の大学で新たなカリキュラムの形を、また学部、コースなどなど立ち上げようとしているもので、通常の仕事、講義、授業に加えて、会議、会議がとにかく機関銃のように連射で跳んできている。

会議の途中で、「次の会議があるもので」と、分単位のスケジュールで大学の中、大学の外ととにかく飛び回っている。
研究室に戻っても、日本の大学にいない間の講義、授業は休講にしないと決めてるもので、学生たちにやるべきこと、参考レポートと制作しなければならない。
やるべきこと、考えるべきこと、自分の考えなどを書き、画像を添えて作っているのだが、「もうこれは、教師なしでの講義教材」だと、自分でも感心しながら学生に渡すデータをひとつひとつを仕上げていっている。
何か最近は哲学的なことばかり書いているような気もするのだが…

まぁ、来年は研究と学部立ち上げで、中国南京の南広学院大学での時間がが半分以上になるもので、さすがに身体がもたないと、引き継ぎとともに、もう何年もやってきたイベント、地域とのコンテンツ制作を、「すみませんが」と断っていっている。
それでも「どうにか少しでもいいからつづけてほしい」と頼まれれば、最後には「できる範囲で」と答えてしまっている自分がいる。

いや、頼まれるということは、本当に「しあわせ」なことなのだ。
いつだったか読んだ本の中に、たしか三つの「しあわせ」というのが書いてあった。
記憶でしかないので正確ではないと思うのだが、その三つとは「してもらうしあわせ」「できるしあわせ」「してあげるしあわせ」だったと思う。

そう、生まれたときは、親やたくさんの人たちから「してもらうしあわせ」を受け取ってきた。
ものごころがつくと、自転車に乗れた。ギターが弾けるようになった。曲が作れた。マンガが作れたなどなど、「できるしあわせ」が自分の中に湧き出てきた。
そして、「できるしあわせ」によって、そのことで喜んでもらえることができたとき、「してあげるしあわせ」というものを少しずつ感じ始めていた。

歳を取るごとに、その「してあげるしあわせ」が、人が求めてくれるしあわせが、頼ってくれるしあわせが、自分のしていることで、成長していくしあわせが、いつしか生きがいになっていると感じている。

たしかに忙しい。
たしかに身体には限界がある。
たしかに「きつい」と感じる日々がある。
たしかに「苦しい」と立ち止まりたいと思うこともある。

でも、それが「生きているしあわせ」だと本当に思っている。

さぁ、もうひと踏ん張り雑用を済ませたら、宇都宮の大学から東京へ帰るか。

明後日には中国の大学のキャンパスの中にいる。

自由から生まれてくる使命

2019-10-30

目の回るような忙しさが日々つづいている。

今の時代、エクスポネンシャルに時代が変わっているとともに、自分がやろうとしている仕事量もエクスポネンシャルに増えていっている。
仕事量が増えるということは、経験と知識も増えていくということだ。
経験と知識が増えれば、いくつもの想像、創造が増えていく。
やりたいこととともに、やらなければならないことだと、そんな思いが沸き上がってくる。
ちばてつや先生はそういった思いを「使命」だと言ってくれている。

その「やりたいことと、やらなければならないこと」の中心となるべくプラットホームを中国に開設した。
10月9日にちばてつや先生に中国、南京の南広学院に来ていただき、「MANGAイノベーション研究所中国」の開設とともに、所長として田中誠一.の就任が決まった。

大学の一番見晴らしのいい場所にガラス張りの3部屋+テラスもある研究室1も作ってもらい、(1と書いたのは、他にも研究室を作ってもらっている)設備もデスクトップのPC8台、ノート3台、タブレットなど、必要機材として先日に伝えたものがすでに用意されている。

 

まだまだ今からチームとしての人材、とくにプログラマーとエンジニアが必要なもので、日本チーム、中国チームと、とにかくいい人材を探していかなければならない。
まず最初にやっていく研究、コンテンツ制作に関してはかなり具体的に決めているだけに、いかにスペシャリストたちをこの半年で集められるか…そう考えるとやりがいとともに、60歳を過ぎた体力がどこまで持つか…その勝負かもしれない。

ちなみにチーム名は「Let’s think」と決めている。
「さぁ、考えよう!」だ。
知識・経験だけではイノベーションは起こせない。
知識があり、経験があり、そこから考え、考え、考えて想像が、そして創造が生まれる。

10代のころからずっと大事にしている言葉がある。
『心を開いて「Yes」って言ってごらん。すべてを肯定してみると答えがみつかるもんだよ。』
あこがれのミュージシャンのひとりであるジョン・レノンの言葉だ。

Yesは可能性を無限大に広げてくれる言葉だ。
NOと言えば、未来の扉を自分で閉じてしまい、可能性をそこで断ち切ってしまう。

劇作家の倉田百三が、哲学者の西田幾多郎の本を読み、こういった文章を残している。
「個人あって経験あるにあらず。経験あって個人あるのである。個人的区別よりも経験が根本的であるという考えから、独我論を脱することができた」

ぼくらは自分が変わるために経験しなさいと子供のころ言われてきている。
成長するために経験が必要だと教え込まれてきた。
だが、Let’s thinkしてみる。
赤ちゃんは「経験」があり、「成長」がある。
ひとつひとつの経験が、生きるための成長としてインプットされていく。
その「経験」はやらされて「成長」ではなく、自分の自然の経験から「成長」してきたはずだ。
そう、「経験」あって「成長」が生まれてくる。
だがいつのころか、「しつけ」という「やらされる経験」が大人たちによって投げかけられてくる。
その経験はYesの成長ではなく、まさにNOを教え込まれる、大人や権力者によって便利な教育という経験だ。

だからLet’s thinkだ。
Noと言わずに、Yesと言ってLet’s think。
Noはいつだって言える。

人は自由なはずだ。
人はその自由の中で成長したいといくつになっても考え、経験を得て自分の答えを探し続けている。
ぼくはこの歳になっても、やはり成長し続けたい。
働くというより、成長を求めてYesと言い続けて走り続けているだけなのかもしれない。
走り続けることこそが、最大の経験だ。
そのYesの経験から人は無限大に成長していける。
それこそが自分の中の生きる意味であり、生きる自由かもしれない。

そしてそれが、自由から生まれてくる、まさに使命なのかもしれない。

研究にはつねに哲学を

2019-9-30

来月の10月9日に「ちばてつやMANGAイノベーション研究所」の中国支部を立ち上げる。
ちばてつや先生にも、中国、南京にある伝媒南広学院大学に来ていただき、メディア発表をすることになっている。

今やシリコンバレーよりもイノベーションを起こしている、世界一のITの町、深センの研究者たちともチームを組む話しも出てきている。

先月のブログでも書いたのだが、今、世界を動かしているのはアメリカのGAFA(グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon))。
中国のBATH(B〈百度(バイドゥ)A〈阿里巴巴集団(アリババ)T〈騰訊(テンセント)H〈華為技術(ファーウェイ)) である。
そのGAFA、BATHで共通するのは、すべて「情報」のプラットフォーマーである。

そう、2000年以降、「製造」ではなく、「情報」が世界を動かし、日本はその「情報」に乗り遅れてしまっている。

ただマンガというコンテンツは、間違いなく日本のブランドとして世界が認めている。
そのマンガは「情報」だとみんなはわかっているのだろうか。

笑ったり、感動したり、マンガ作品としての情報ももちろんあるのだが、キャラクターという情報となれば、IoTすべての情報の中で活かすことができる。

今、ぼくが中国で取り組む「情報」としてのマンガは、もう待ったなしの超高齢化問題である。
2025年、日本は団塊の世代がすべて75歳を超え、人口の18%以上が75歳を超えてしまい超高齢化社会となる。
中国も2025年には60歳以上の高齢者が3億人を超えると言われている。

それをテクノロジーを使ったマンガで解決できないかと、中国の大学に向けて論文を先月に書かせてもらい、一気にちばてつやMANGAイノベーション研究所の話が中国で進んでいったというわけだ。

大学の方も来年4月からは、中国の大学での研究に集中すると決め、ちばてつや先生も応援してくれている。

ただ、現在の文星芸術大学でアニマルアート、アニメーション、地域連携などいくつも立ち上げた張本人なもので、引き継ぎの先生を育てるまでは、特任教授という形で、月の3分の1ほどは文星芸術大学の方にも行かなければならなくなりそうだ。

もうひとつ、今から取り組むことで一番大事なことがある。
それは「幸福」ということだ。
研究をし、便利になったコンテンツを創り上げたとして、それが「幸福」だとは限らない。
人間は前に進み始めたら後戻りはできない。
医療なら、人はゲノム編集によってガンなどの死から逃れることができ、普通に100歳以上生きられることになっていく。
移動も通信も消費も仕事も、すべて間違いなく「便利」になっていく。
だがそれが「幸福」とは限らない。

研究し、コンテンツを生み出し、それをビジネス化していくには、「幸福」とは何かという哲学がなければならないと思っている。
自分があと何年生きるかはわからないが、「研究」にはつねに「哲学」を持って考えていきたい。

そういうことだ。

美人投票とイノベーション

2019-8-26

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今年の夏は、まったく休みのないままに終わろうとしている。

昨日まで帝京大学理工学部と文星芸術大学の単位互換の共同授業で、CLIPSTUDIO、Unity、Photoshopを使ってモーション動画の基礎演習の制作授業をやっていた。
今年で4年目だが、夏休みに行っていることもあり、参加する学生はあいかわらず少ない。

これからの時代、マンガはIoTとつながり、AI、VR、ARというテクノロジーの道具によって、無限の可能性を秘めているというのに、既存のマンガという枠から出て、新しい表現を生み出そうとする学生はほとんどいない。
そもそも、既存のマンガを教えてもらうのであれば、YouTubeやセミナーで十分まなべるし、最新のテクニック的なことも大学より間違いなく覚えることができる。
お金だってさしてかからない。

では、大学で何を学ぶのかと言えば、大学は研究機関であり、マンガならマンガのイノベーションを起こすべく作品、コンテンツを生み出す場所だと思っている。
だから「研究」のための学びを求める場所のはずなのだが、いつも言っているように、日本の大学のほとんどは、研究機関ではなく「学校」という、高校の延長で学ぶ機関となっている。
大学で本来の研究し、コンテンツ化しているものとしては、ただため息だ。

 

 

ともあれ、今年から毎月向かっている、中国南京の南広学院での新学期が来週から始まる。
そのあと杭州からもインターネット教育関係で呼ばれているので、中国から日本に帰国するのは、9月16日からの文星芸術大学の後期の授業開始の前日になっている。

まぁ、夏に限らず一年中、「遊びが仕事で、仕事が遊び」。
つまりは毎日がそういうことだ。

 

 

 

そんな日々の中、歳をとるごとに「勉強」がどんどんと面白くなってくる。
最近は「経済」が面白く、本を読みあさっている。

今、世界の経済の中心にいるのは、GAFA(グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon))。
中国のBATH(B〈百度(バイドゥ)A〈阿里巴巴集団(アリババ)T〈騰訊(テンセント)H〈華為技術(ファーウェイ)) である。
GAFA、BATHで共通するのは、すべて「情報」のプラットフォーマーである。

 

 

 

世界の経済は「モノ」ではなく「情報」で動いている。
2000年代からは情報が世界の経済を動かしているということだ。

マンガは「情報」だということをみんなわかっているのだろうか。
ただ読みものとしてだけではなく、「伝える」、それも「わかりやすく伝える」ことのできる優れた情報のコンテンツであることを、マンガを描いているものを含め、みんなはちゃんと認識しているのだろうか。
経済から情報としてのマンガというものを考えると、いろいろなものが見えてくる。
それを今、ITは日本より遙かに進んでいる中国でテクノロジーと組み合わせて研究してコンテンツ化を進めている。

最近、ちばてつや先生と経済の話をしているとき、今の経済学最大の影響を与えた、経済学者のケインズの「美人投票」の話になった。
ケインズが金融市場における投資家の行動パターンを表す例え話として有名な話だ。

【ケインズの美人投票】
昔、ロンドンで、一風変わった美人投票が行われた。
それは、投票者が100枚の写真の中から、もっとも容貌の美しい6人を選ぶ。だが、ひとつこういった項目をくわえる。「最も投票が多かった人に投票した人達に賞品を与える」というものだ。
つまり、この美人投票は、ただ『自分が美人と思う人』に投票したのでは、賞金をもらうことができない。
『他の人が美人だと思って投票する人』を予想して、投票する必要がある、投票者参加型の美人投票なのだ。
この参加型の美人投票をした場合、自分が美人と思う美人ではなく、『他の参加者が誰を選ぶのかを考えて投票する』こととなる。
各投票者が賞品を獲得するためには、自分が最も美しいと思う写真を選ぶのではなく、他の投票者が美しいと思うであろう写真を選ぶことになるというわけだ。
するとだれも一番と思わなかった3番手、4番手の美人が、一位になるという人間の行動パターンを示したたとえ話である。

ちば先生は「マンガ賞も同じだね」とこの話を笑いながら美人投票の話を聞いていた。
マンガ賞は編集者がまず、候補を選んでくるのだが、まさに『他の参加者が誰を選ぶのかを考えて投票する』と同じような選びとなる。
「自分がいいと思う作品」ではなく、「まわりがいいと思う作品」。つまりは、今までの既存の枠の中での選択になってしまう。

本当に時代を変えるほどの作品は、間違いなく「今までなかった作品」である。
今までなかったということは、「予測ができない」。
マーケティングができない作品だということだ。

だがそれは『他の参加者が誰を選ぶのかを考えて投票する』の考えでは、まず選ばれることはない。

 

 

情報が世界の経済を動かしているとのが今の時代だ。
だが、ぼくたちが手に入れた情報はすでに「過去」だということだ。
そういう意味で、『他の参加者が誰を選ぶのかを考えて投票する』というのは、過去の情報に縛られている生き方になってしまう。

「自分が新しい情報(マンガ)を生み出す」。
大学という場所は、そういった考えを持って研究し、それがコンテンツ化することでイノベーションが生み出されていく。

大学とは本来そういう場所のはずだ。

 

「目的」と「手段」

2019-7-31

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学生につねに言っている言葉がある。
「目的」と「手段」だ。

人は「生きる」において、「目的」を持つことによって、自分が「今」「生きている」意味が見えてくる。
「目的」を持てば、「目的」のために「今」「何」をやるべきか、「手段」が生まれてくる。
それは「今」「何」のために生きているのか、つまり「意思」を持って生きる道を歩くことができるのだ。
ここで何度も使っている言葉だが、「人は必ず死ぬ」「死ぬから、生がある」。
「生」とは、「生きている実感」がなければ、「なんとなく」の、ただ呼吸をするだけの生命を感じることのない死への時間がただ流れていくことになる。

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人間というのは「欲望」の塊だ。
その欲望は「生きている証しとして手に入れたい、人に存在をしめしたい」と、美男美女と恋愛したい、車がほしい、マンガ家になりたい…
「人のやくに立ちたい」これも生きているから生まれる「欲」だ。

そう、あらゆるものが、人の持つ「欲望」が心を動かしていく。

その欲望の「目的」のためには、今、何をすべきか。
それが「手段」となる。
大学生なら、「課題」はあくまで手段で、「目的」のために研究し、勉強するもののはずだ。
だが、大学で学生を見ていると、目の前のことが「目的」となっている。
単位をもらうための「課題」を挙げることが目的。
進級することが「目的」、卒業することが「目的」。
就職することが目的…
「目的」があれば、就職だって「手段」として考えればいい。

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学生だけじゃないな。
わかりやすい例を挙げると、たとえばお金だ。
お金は、モノを交換するために、モノを交換する「手段」として生まれてきたものだ。
あくまで目的はモノで、お金をそれを繋ぐための手段だったということにすぎない。
だが、お金を「目的」とする人間がどんどんと生まれてくる。
これは困ったことなのだ。
人間は「欲望」があり、たとえば車などモノを手に入れるために、それを「目的」とするために、手段としてお金を貯めていたはずである。
モノは手に入れれば、その目的は達成する。
だが、お金を貯めることを目的としたらどうだろうか。
人間には「欲望」がある。
「お金がほしい」を目的とした場合、百万貯めれば、一千万、一千万ためれば一億、一兆と、目的の終わりがなくなってしまう。
モノとして形のないお金は、無限大に膨張していく欲望となっていく。

お金を貯めるが目的となれば、お金が市場で回らなくなり、お金を持つ者、持たない者の格差がどんどんと広がって行く。

そもそも人は死ぬのだ。
「手段」が「目的」となったとき、生きる意味の矛盾が必ず生じてくる。
「しあわせ」とは何なのか…
無限につづく「欲望」を「目的」としたとき、そこに本当のしあわせはあるのだろうか。

そう、今の世の中、手段のはずのものが、目的になっていることで資本主義自体が限界にきているのかもしれない。
いや、そのことすら考えていない、目の前のものが「とりあえず目的」と「なんとなく生きている」だけの人たちがどんどんと増えているというのが実感だ。

「目的」というのは、ただマンガ家になりたいといった、過去においての時代の価値観で見てしまうと、その価値観は時代とともに劣化した価値観にほとんどがなってしまう。
「目的」というのは、今の時代、どういった流れの中にいるかということがわかっていなければならない。

テクノロジーの発達というのももちろんだが、経済の流れというのもちゃんとわかっていなければならない。

今、ぼくが取り組んでいる一番の「目的」は、2025年問題である。
2025年には団塊の世代と言われる、ベビーブームと言われた世代が75歳を過ぎることで、日本の人口の5分の1は75歳以上、65歳以上にいたっては人口の3分の1が超えることになる。
年金、保健制度は破綻しかねない状態とともに、「孤独」が大きなテーマになってくる。
そこを、マンガとテクノロジーで、コミュニティを含めた、生きがいと繋がりを生み出していきたいと考えている。

ここで団塊の世代と書いたので、もうひとつ、「今の時代、どういった流れの中にいるか」
を考えるひとつのテーマとして書いておく。

経済的な観点から、年齢を考えると、人が一番お金を使う年齢が、40代、50代である。
車、家、子供の学費を含む、こどもたちにかけるお金などなど、経済は年齢と人口と比例している。
80年代、90年代の日本でのバブルは、まさにこの団塊の世代が40代、50代のときに起こっている。
ではこの先どうなのか。
少子化によって、日本の中での消費はどんどん小さくなっていくばかりで、またバブルがやってくることなどありえない。
だから、グローバルに考えなくてはならない。
日本のマーケットでは、いかに厳しいか少し考えればだれにだって見えてくる。
(なのになぜみんなはそのことを考えないのか不思議だ)
だからこそ経済の流れを含めて、時代の価値観を見極め、その上で「目的」を持たなければならない。
想像しなければならない。
今から自分が目指す方向で、イノベーションを起こすには「今」何をすべきか。
学生も、そう、先生たちも想像してほしい。

「現実は、かってすべて想像の中にあった」
アインシュタインの言葉である。

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「哲学」は「生きる」を考える軸

2019-6-28

 

「時間がない」
最近、自分でよく口にする言葉だ。
やりたいことが山ほどある。
やらなければならないことが山ほどある。
日々、それがどんどん増えてきている。

「時間がない」とは、命の時間がないということだ。
生きているものは必ず死ぬ。
死があるから、生は存在する。
有限の時間として存在する。
だから「時間は命」だということだ。
60歳を過ぎた自分にはもう「時間がない」。

見極めなくてはならない。
会議ひとつにとっても、議論しあい意味のある会議と、テンプレートの上で「会議をやった」ことを目的とするくだらない会議がある。
もう、くだらないことに命の時間を使うわけにはいかない。

今、世の中はかって人間が経験したことのない大産業革命が始まっている。
テクノロジーという道具が、とくにAIという道具が人間社会を根底から変えてしまうことになる。

弁護士、銀行員、不動産ブローカー、会計士…
今までエリートと呼ばれた職業が消えていく。

おもしろいもので、テクノロジーが人間の労働をこなせるようになることで、人間は、「人間として生きる」とはどういうことなのか、そう、考え始めている。

かって日本の高度経済成長期には、「エコノミックアニマル」と揶揄され、「24時間戦えますか」のCMが流行、機械のように働きつづけていた。

その機械のように働きつづけた動力が、今は本物の機械が24時間働き続けてくれる。
その機械を作ったのはもちろん人間である。

人間は、「こういったものを生み出せば便利になる」と想像し、その想像を形にしたいと考え、そして研究し形にしてきた。
つまりは人間とは、想像し、それを形にすることで発展し、今の世の中を築き、そしてさらに進化を遂げようとしている。

進化の過程を考えると、ぼくは人間が人間として生きるとは、「想像」だと思っている。
想像はAIを含めたテクノロジー自体ではまず生み出すことはできない。

では「想像」が「人間として生きる」ことなのだろうか。
人は便利になれば「しあわせ」になれるのだろうか。

「しあわせ」とはいったい何なのだろうか。
今の時代、本当に「しあわせ」に向かって人間は歩んでいるのだろうか。

もちろん答えはないし、人は「個」であり、「個」の数だけ「しあわせ」の定義は違う。

 

残された命の時間、やりたいこと、やらなければならないことが日々増えていく毎日。
それが果たして「しあわせ」なのかはもちろんわからない。
だが、「生きがい」は間違いなくある。
考えることは哲学につながり、今、ここで生きている意味を説き明かす。
「哲学」を持って自分は今、生きているのかを自分に問う。

大丈夫だ。

今、こうやって仕事の合間に書くブログも「哲学」を持って書けている。
そう、「哲学」は「生きる」を考える大事な自分の軸となっている。

※今月も中国へ行き、北京では久しぶりに天安門を歩いてみた。
そのときの写真も少しアップしておく。

空気感

2019-5-31

もうずいぶん前から。
そう、20年以上前ぐらいから感じていることがある。

海外に行き、日本に帰ってくるといつも感じる空気感だ。
とくにアジアのタイやベトナム、中国などから帰ってきたとき、ドンヨリとした空気感を感じてしまう。
アジアへ行けばいつも喧噪の渦が舞っている。
その渦巻く空気感は、人間が生きているといった「生命」の空気感だ。
それが日本ではあまり感じない。
電車の中、街の中…喧噪感はなく、だれもが静かにスマートフォンに黙って目をやっている。
スーツを着ている人が多いせいか、「灰色」の空気感だ。

今年に入って、毎月中国に行っている。
大学での人材育成と研究で、南京の伝媒南広学院でマンガ学部を立ち上げることになり、その準備期間としての授業と、北京、上海、香港、深センといった場所で、メディア、情報、テクノロジーの世界最前線で研究をしている研究家たちとのチーム設立を目的としている。

中国はどんどん変わっていっている。
1986年に最初に中国に行ったときは、街には自転車が溢れ、人々は人民服に身をつつんでいた。
そのときは、瀋陽、撫順、広州と行ったのだが、それぞれの街が、それぞれの生活臭に包まれ、まさに街の喧騒と生活臭、黄砂の舞が記憶の中で強烈に刻まれている。

2008年、北京オリンピックまでは、中国はその強烈な街の個性が空気感となり記憶に刻まれていたが、北京オリンピックによる急速な開発が進むにつれて、その空気感は消え、街の臭いというものが、どの街も同じになっていった。

30年前、成田からロスに飛んだとき、成田もロスも同じ臭いと空気感しかなかったが、それが、今は、中国でも感じている。
開発で便利になるということは、世界全体が同じ便利さを追い求め、同じ空気感になってしまうということなんだろう。

だが、だがだ。
その同じ空気感の中で、日本はこれほどまでにドンヨリとした生命の力を感じない国になってしまっているのだろうか。

日本と中国の大学で学生たちを見ていると、その空気感の違いが見えてくる。
大学というところは、学校ではなく、研究機関であるわけなので、あたりまえだが、「目的」を持って来る場所のはずである。
だが、日本人学生の大半は「なんとなく」という、さしたる目的を持たないまま。
たとえばマンガなら、「マンガ家になれたらいいな」程度の「なんとなく」で大学に来ているようにみえる。
そもそも今、商業誌などで描くマンガ家になりたいのなら、大学に来る必要などない。表現者に一番必要なのは、経験なわけだから、大学に学費をはらうのなら、その金で世界中を歩き、人とは違う経験をした方がいいと個人的には思っている。

この間、中国での授業で「この大学で学ぶことによる将来の目的」を聞いてみた。
すると大半が、「将来は今学んでいることで起業したい」と答えてきた。
10年後の「起業」のために、「今」「何をやるべきか」という、「目的」と「手段」を持って授業を受けにきている。
大学を卒業したあと、大学院にしろ、就職にしろ、それは「目的」のための「手段」と考え、今を生きている。

同じ質問を日本でしたところ、「目的」ではなく、漠然とした夢を語ってくる。
そのために「今」何のために課題を勉強しているか、「課題」自体が、「手段」ではなく、単位をとるための「目的」になっている、そんな学生があまりにも多い。

人が生きるということは、「思考する力」が必要となってくる。
世の中には答えなどまずない。
時代の流れとともに常識も当たり前だがどんどん変わっていく。

勉強ができるという人間は、つまりは常識の中での「正解」が答えられただけのことであり、それはテンプレートの中での勉強ができるだけのことだ。
だが、生きるということは、まず正解などない。
考えて、考えて、自分の答えを自ら導き出すしかないないということだ。

大学は「答えを学ぶ」場所ではなく、「考え方を学ぶ」場所でなければならない。

そう考えると、日本のドンヨリとした空気感は、経済の流れはもちろんあるが、日本においての「教育」が、みんな同じ答えの中で、将来の「目的」のための「今」ではなく、テンプレートの答えのない社会で戸惑い、なんとなく「今」を生きている、そんな空気感なのかもしれない。

2019-4-30

平成最後の日が流れている。
旅の風を感じている。

そう、あの懐かしい旅の風だ。
まだ昭和だった18歳のころと同じ空気感を持った風だ。

あのころ、まだ何ものでもない自分にもがき、自転車で四国、九州、本州をただただ走っていた。

高校のとき週刊少年ジャンプで賞をもらい、大学に入るとプロのミュージシャンとして事務所に誘われ、いきなり河島英五さんと全国をツアーが始まった。
事務所には、当時大人気だった「あのねのね」がいたことから、バイトでマネージャーもやった。
そこには、つい数ヶ月前までテレビで見ていた山口百恵がいた、キャンデーズがいた、ピンクレディがはじめてデビューしたときは、渋谷公会堂の袖で彼女たちをみていた。
中学、高校と毎日ラジオで聞いていた、オールナイトニッポンのスタジオにいた。

大好きだった映画の世界も、東宝の映画のスタッフとしてかかわり、となりの組では黒澤明監督が「影武者」を撮っていた。

そんな中で気がつけば十代で日本の47都道府県はすべて回っていた。

旅は非日常の毎日だ。
明日何が起こるかわからない日々が流れていく。
不安もたしかにある。
だがそれ以上に、「あした何と出会えるのか」そのワクワク感に毎日心が震える。

知らないことを「知る」喜びが毎日訪れる。
「知る」ということは、自分が成長していくことが実感として感じることができること。

この歳になって、60歳を過ぎて、あの昭和の日々と同じ風に吹かれている。

考えてみればずっと走りつづけている。
昭和も平成もただただ走りつづけてきた。

今また、18歳のころと同じように、新たないくつもの知らない世界の中で走り始めている。
大学とは何かと考え、学校ではない大学にすべく、大学を変えようとこの10年、ただただ走り続けてきた。
そして次ぎの旅は世界だ。

4月から、中国のメディアの大学の、南京にある南広学院で講義をはじめた。
今、中国のITは、アメリカのGAFAを超える勢いだ。
つまり世界の先端の研究がそこにある。

ちばてつやMANGAイノベーション研究所の中国支部も大学の中につくった。

もちろんいろいろな駆け引きがあり、研究をコンテンツ化し、それをビジネスに結びつけなければならないプレッシャーもある。

だがだ、つまりは、旅が好きなのだ。
毎日が同じ風景の中では生きている実感が湧いてこない。
高いテーションの中で旅をつづけるしか、そこにしか生きている実感が湧いてこない。

そう、きっと死ぬまで旅をつづける。
昭和、平成、そして令和と、どこまで行けるか、どこまで「知る」ことができるか、どこまで「成長」できるか。

もうすぐ「令和」の時代がはじまる。