行雲流水(こううんりゅうすい)

母がこの夏に亡くなった。
92歳。
8月13日の朝、危篤の母の耳元にスピーカーを置き、喜多郎の「空海の旅4」のアルバムをを流した。
前日、何度も母といっしょに行った、空海の生まれた善通寺に行き、空海が樹に登り遊んでいたと言われる樹齢1500年以上のクスノキの話をしたからだ。

そのとき、「空海の旅4」をiPhoneから流すと、曲の中で使われている琴が流れ始めると、母は両手を宙に浮かせ、両手を使って琴を弾き始めたのだ。
母はぼくが子どもの頃、部屋でよく琴を弾いていた。

前日までは少しの会話ができていたのだが、夜には危篤となった。
それでiPhoneから流せるように、Bluetoothの小さなスピーカーを買い、朝、昨日琴を弾くそぶりを見せた、空海の旅4を耳元で流したのだ。

音楽を流し始めると、それまで反応のなかった母が呼吸でリズムを取り始めた。
曲と呼吸が一体になっている。
生命が呼吸とともに蘇ってくる…
そんな光景だった。

そのときいた、妹、そして妹の娘も、生命がまた動き始めたと…同じ感情を抱いた。

次の瞬間、リズムを刻んでいた呼吸が途切れはじめた。
間ができはじめたのだ。
呼吸から呼吸の間が長くなっていく。

そして…
呼吸が消えた。

生命を燃やし尽くした最後だった。

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最後まで母はぼくに教えてくれたのかもしれない。
AIを研究している「今」、「人間とは何か?」をずっと考えている。
その人間とは何かを強烈に示してくれたのだ。

「死」があるから「生」は存在する。
「死」があるから、人間は生きた物語を歩むことができる。
その物語はデータではない。
生きることで刻んできた、生き様の証である。

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自分が創った曲の中に「菩提の空」という曲がある。
中国の世界遺産である少林寺に行き、菩提達摩が少林寺のある崇山の頂上あたりにある、達摩が悟りを開いたと言われる面壁九年の洞窟で出来た曲である。
そこまで登ってくる観光客はだれもいなかったこともあり、洞窟の前で座禅を組ませてもらったときに、この曲が生まれた。

その曲の歌詞の中で「人は生まれて旅をする 命という旅をする 生きてることは出会いだと 菩提の空が流れてく」という詩を書いた。

あのとき生まれた自分の書いた詩と、母の生き様が重なり、命の旅をしてきた母の旅の終わりを見届けた。

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最後の空海を聴いて母が旅を終えたからだろうか。
この10年、母と行った四国八十八カ所の寺の仏の写真をデータから探した。
大窪寺、根香寺、善通寺、弥谷寺、霊山寺などが特に好きで、一昨年亡くなった父の運転で何度か行ったそのお寺の仏が出てきた。

その写真に曲を付け、母に向けての旅の終わりを形にした。
考えれば何百といろいろな作品を創ってきたが、母に向けて創ったの始めてだ。

母はぼくに行雲流水の生き方を教えてくれた。
そして母の旅も行雲流水のいい旅だった。

【旅の空Ⅴ 四国八十八カ所の仏】

 

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