助走の時間

2020-11-30

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10代のころ考えたことがある。
「人は必ず死ぬ」
「ならば生きるということは、自分は何を求めて生きていきたいのだろうか?」
物欲、名誉欲…
そういったものではない。
いろいろ考えている中で、「あぁ」と思ったことがある。

子供のころから旅ばかりしていた。
お金がなかったので自転車中心の旅で四国を周り、太平洋沿岸を走り、日本海を東へ西へとどこまで行けるかペダルをこぎ続けていた。
毎日いろんな人と出会い、毎日初めて見る景色と出会い、毎日生まれて初めての経験と出会う。

人は動けば必ず「出会い」がある。
たとえば風景。
たとえば人。
たとえば経験。
たとえば感動…
ぼくは一生のうちに森羅万象どれだけの「出会い」があるのだろうか…
ひとりの人間が生きていて森羅万象出会えるのは、宇宙が誕生したとされる138億年からすればほんの一部、ほんの一瞬、ほんの一滴でしかないはずだ。
だとしたら、死ぬまでの一瞬の中でどれだけ森羅万象から感じることができるか…

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そう、もう半世紀も前に考え、自分の答えとしてきたものだが、実は60歳を過ぎた今でも「出会い」が自分の中の一番の生きている時間の意味だと思っている。

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この一年、もしコロナがなかったらどれだけの出会いがあったのか…
コロナによって規制され、隔離された中では出会いは限られている。
だからだろうこの一年、ずっと閉塞感のある心の日々が流れている。

予定なら今年の4月から研究の拠点を中国に移し、南京伝媒大学に用意された2つの研究室で、たくさんの出会いとともに研究の日々を送っていたはずだ。
大学でやっていくこと、中国の民間最大のメディア会社で研究していくこと。
コロナがなければどれだけの人と出会い、どれだけの風景と出会い、どれだけの研究と出会い、どれだけの経験と出会えたのだろうか…

もちろんリモートではつねに連絡を取り合い、会議も開き、新しい形での研究ととりくみは進んでいる。

だが一年前とは違う軸での研究の取り組み。
その軸というのは、もちろんwithコロナだ。

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世界は今回のコロナによって、今までとはまったく違う生き方に変化している。
デジタル化は進み、テクノロジーは加速し、未来学者. レイ・カーツワイル氏が予測した、2045年に来ると言われているシンギュラリティ(技術的特異点)も、もっと早くやってくることになるかもしれない。

ぼくが進めていた研究というのは、テクノロジー(AI,VR,ARなど)と心を生み出すマンガ(キャラクター)によるコミュニケーションの可能性なのだが、出会いが限られたコロナによって、足踏み状態だと思っていたのだが、どうも逆だったかもしれない。

時代が変わる。
今までと時代が変わるということは、本来ならば大半の人たちは変化を好まないわけだから時間がかかることになる。
だが、今のコロナによる閉塞感から抜け出すには、変化が必要なことをだれもが受け入れる形に今はなっている。

そう、時代は間違いなく急速に変わっていくことになる。
今までになかった景色と、人と、経験との出会いの日々が、必然としてコロナによって変わらなければならない時代となっている。

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そのための助走がこの一年なのかもしれない。
止まっているのではなく、大きく変化をもたらすための助走。
新たな「出会い」に向かって走り出すために、考え、勉強し、知識を蓄え想像する助走の時間。

そうなんだ。
今、助走の時間の中で、新しい旅の準備を急がなければならない日々にしなければならないということだ。

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