シンギュラリティに向けて、大学はどう変わり、どう学ぶか

 

SONY DSC

2018年1月31日

シンギュラリティという言葉は2016年後半あたりからよく耳にしてきたと思います。
日本での注目されはじめたきっかけは、SoftBankの孫正義氏が「シンギュラリティがやってくる中で、もう少しやり残したことがあるという欲が出てきた」と、シンギュラリティがSoftBankの社長続投の理由として述べたことからはじまったと思います。

もともとこの「シンギュラリティ」という言葉が出てきたのは、現代のエジソンといわれる発明家であり未来学者、AI(人工知能)の世界的権威であるレイ・カーツワイルが2005年に発表した著作からです。
その著書の中でカーツワイル氏は、技術的特異点(シンギュラリティ)によって、テクノロジーが地球全人類の知能を超える、人類の進化速度が無限大の到達点に達するといっています。
それが今よくいわれている、カーツワイルが予言した「2045年問題」です。

ですが、「AIが人類の頭脳を追い越すのがシンギュラリティ」と一般では思われていますが、ジェネティックス革命(遺伝学)、ナノテクノロジー革命(ナノとは10億分の1を表す単位。つまり原子、分子レベルで物質を扱う)、ロボティックス革命(人間よりすぐれたロボットが生まれてくる)の3つ、「G・N・R」革命を中心に、あらゆるものが進化していく先にあるのがシンギュラリティだということです。
もちろん、その中心となるのは「AI」であることもたしかです。

つまりそういった「G・N・R」などあらゆるテクノロジーというものが、人類の進化速度が無限大の到達点に達し、今、想像もできない世界がやってくる、それがシンギュラリティの2045年問題だと思っています。

そうなればどうなるのか。
カーツワイルもわからないと言っています。
そう、シンギュラリティとは、宇宙物理学の分野で言えば、ブラックホールの中に、理論的な計算では重力の大きさが無限大になる「特異点」という、だれも想像できない世界に到達するということなのです。

もちろんこれはあくまで予言ですが、実際にカーツワイルが言った「特異点」に向かってのスピードで世の中は動いています。
たとえば「ヒトゲノム計画」(人間の遺伝子情報配列の解析)です。
15年で完了すると進められた解析プロジェクトは、7年間で1%しか解析できていなかったことにもかかわらず、カーツワイルは「もう半分以上終わっている」と指摘しています。
そしてその指摘のとおり、15年で解析は完了しています。
1%でも分かれば、その先はあっという間に到達していくスピードこそがシンギュラリティの流れです。

もっと身近な例を挙げると、スマートフォンがあります。
スマートフォンが広まるきっかけはiPhoneですが、iPhoneはまだ生まれてから10年しかたっていません。
ですが、世の中の大半は、スマートフォンなしでは生きてゆけないと言うぐらい、スマートフォンに依存した世界に変わってしまいました。

つまり、10年前とはまったく違う世界に今はなっているという現実が、スマートフォンひとつで起こっているということです。

その成長は、いままでのような進歩率、1,2,3,4,5…という成長ではなくなっています。
インテル社の創業者のひとりであるゴードン・ムーアが1965年に自らの論文で「ムーアの法則」という、「トランジスタの集積度は18ヶ月ごとに倍になる」という説を唱えたのですが、今、まさに時代は「指数関数的」に成長しているというのが、だれもが実感していると思います。
指数関数の成長、つまりエクスポネンシャルの成長と言われていますが、1,2,4,8,16,32…と成長しているのが今の時代です。

これがシンギュラリティの「2045年問題」の核心だと思っています。

これを情報で置き換えたとき、わかりやすい研究結果があります。
2000年にUCバークレー校のピーター・ライマンが、1999年末までに、人類が30万年かけて蓄積した全情報を計算したところ、12EB(エクサバイト)。
次の2001年から2003年までの3年間に貯蓄される情報量が、人類が30万年かけて貯蓄してきたすべての情報量12EBを超えたと発表しています。
そして2007年には10年前と比べて情報量が410倍になっていると発表されています。
2018年の今は統計はないのですが、1年単位でのエクスポネンシャルで計算してみると、1999年までに人間が30万年かけて蓄積してきた情報量の17000倍になっているのが、今だということです。

ここまで書けばわかってくると思いますが、インターネットというものが、エクスポネンシャルによって世界を変えているとともに、大学の教える側も、学ぶ側も変わらなければならない、そこを考えなければ大学などまったく意味がないのが現状です。

SONY DSC

ここで「大学で学ぶとは何か」。
少し考えてください。
まず今の時代で考えれば、“調べる”、“知る”はGoogleで検索したら何でも出てきます。
レクチャーなど、ほとんどGoogleで検索で教えることなどありません。
では、技術を「見せる」。「見て覚える」はどうなのか。
世界で一流の人たちの創作が画像、ムービーでYouTubeなどでいくらでも学ぶことができます。
では講義はどうなのか。
MOOC(大規模オープンオンライン講座)で、ハーバード大学だろうと、東京大学だろうと、教授たちの講義は無料で聞くことができます。

ではお金を払ってまで、(自分に投資する)大学へ来る意味は何なのか。
大学はまず、学校ではないはずです。
研究機関だからこそ、専門学校ではなく、大学と呼ばれているはずです。
きっとインターネットによってエクスポネンシャルがはじまる前は、大学は「学校」の延長として、「教えてもらえている」ということで、かろうじて、「お金がとれた」かもしれません。(学校の延長と捉えた時点で無駄金ですが)
まぁ、簡単に情報が手に入らなかったので、情報がお金になったというだけのことです。
ですが、今は学生たちの手の中にはスマートフォンがあるのです。

そんな時代に大学で学ぶとはどういうことか。
そう考えると、答えはまず専門学校のような大学では、そこに「投資」(今から生きるために学費と時間を費やす)する意味などなということです。

人間は必ず死にます。
だから時間は「命」です。
その命の時間を無駄にするだけです。
経済学では、時間は「資源」ととらえていますが、たしかに時間は大きな可能性を秘めた資源とも捉えることができます。

では今、大学で学ぶとはどういうことなのか?
自分の命の時間に、お金を投資して大学に行く意味は何なのか。

もちろんそれはすべての人によって答えは違ってきます。
だからまず考えてください。
そこを考えなければ、命の時間とお金を捨ててしまうだけの無駄なことになってしまいます。(なんとなくの人間は、なんとなく生まれて、なんとなく生きて、なんとなく死んでいく一生をおくるだけです)

ぼくはこう考えています。
まずは、今の時代に大学で学ぶ第一の意味は、本来の研究機関としての大学に戻るべく「研究」です。
そして「実践としての教育」です。

研究とは、この世にないものを生み出す、つまりGoogle、YouTubeで検索では出てこないイノベーションです。
また「実践としての教育」とは、「今」「ここ」の教育です。
文星芸術大学ならば、宇都宮という「ここ」で、「今」生きていることでできる教育になると思います。

当たり前ですが、「今」「ここ」で生きている教育は、「今」「ここ」で生きる以外、学ぶことのできない教育のはずです。

教える側でも同じです。
ぼくは文星芸術大学へ来たとき考えました。
最初はマンガは東京が中心ということもあり、東京を見てマンガを創っていました。
ですが、「この大学に自分がいる意味」は、東京を見ているのなら、宇都宮にいる意味などないということです。
東京を見ているなら、東京にいればいいだけのことです。
それで宇都宮へ来ているのなら、自分がここで生きてる存在、意味は「何」なのか。

そう考えたとき答えは簡単に出ました。
「プラットホームを栃木(ここ)に自分で創ればいい」
そう、今の時代、だれにでも、どこにでもプラットホームが「個人」で世界に向けて発信できる環境が備わっている時代なんです。

考えてください。
今、時代はどう動いているのか、「今、自分はどんな時代に生きているのか」考えることが必要です。

世界はGoogle、Apple、Facebook、Amazonが大きな意味を持って「今」を動かしています。
一昔のように、車の企業は車を作り、電化製品の企業は電気製品をつくり、印刷の企業は印刷をするという時代ではなくなりました。

世界を変えるべくイノベーションを起こしているGoogle、Apple、Facebook、Amazonは何なのかと一言で言えば、「研究機関」です。
コンテンツを生み出すことのできる研究機関です。

大学も同じだとぼくは考えています。
大学という研究機関で、マンガという研究をコンテンツ化できる武器を持って、新たな表現を開拓していける場所です。
マンガでイノベーションを起こすのが、大学でマンガを研究するということだと思います。

ここ数年、帝京大学の理工学部とはいっしょに制作してきています。
宇都宮大学とも、新しい研究にはいっています。

今年から新たに、文星芸術大学、宇都宮共和大学、作新学院大学、帝京大学宇都宮キャンパス、宇都宮大学の5大学の連携を進めています。
産官学の連携を考えるということは、まさに「今」「ここ」で学ぶことに繋がるはずです。
そして大学が繋がることで、「研究」をそこからどう始めるかが重要になってきます。

きっと今回の連携に対して、ぜんぜん違う分野の大学が連携して何が(研究)できるとみんなは思うかもしれません。
ですが、シンギュラリティに向かってエクスポネンシャルに成長していくことを考えたとき、違う分野の研究機関が集まり「研究」するというのはとてつもなく必要な時代になっているということです。

SONY DSC

わかりやすい例として、昨年、2017年に興味深いことがありました。

そのひとつ、将棋の佐藤名人が電王戦においてAIのボナンザに第一局、第二局と完璧に負けてしまいます。
ちなみにボナンザは、囲碁の世界チャンピオンを破ったGoogleの「アルファー碁」のディープラーニング(深層学習)のAIではなく、機械学習のAIに名人は負けたのです。

この対局の二戦目に面白い場面がありました。
佐藤名人が優位にススメ、佐藤名人はここで、将棋の世界では常識の鉄壁の守備の陣形、「穴熊」という囲いを用いました。
その対決を見ていたすべてのプロの棋士たちが「完璧」と頷いたとき、ボナンザはこの穴熊囲いを易々と破ってしまったのです。
つまりAIが将棋の常識を破ったことになります。

佐藤名人は敗者の弁で「自分の将棋のどこが悪かったのかわからない」と感想を述べていますが、このあとの佐藤名人の打ち方が変わったと言われています。
今までの将棋の常識にとらわれない打ち方。
ここに、大学が今やるべきヒントが隠れているのではないでしょうか。

それは想像でしかないのですが、佐藤名人は、将棋が将棋に縛られていた「常識」という呪文から、AIに負けたことで解き放たれたのではないのかと、将棋をまったく知らないぼくですがそう感じました。

つまり、将棋界の常識が、AIという、今までなかった常識に縛られない学習をしてきた機械によって、将棋の可能性を新たに無限に広げてくれたのだということです。

それともうひとつは、昨年メジャーリーグで世界一に輝いた、ヒューストン・アストロズの革命です。
球団創設以来、一度も優勝のないアストロズが2011年にヒューストンの実業家のジム・クレインによって買収されます。
ヤンキースの総額年俸の3分の1にも満たない、金も力もない球団をどうやって強いチームにしていくか。
クレインはGMに大手コンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」のエリートであったジェフ・ルーノウを抜擢します。
そのルーノウは球団にあらゆる分野の専門家を招き入れました。
エンジニア、コンサルタント、データ科学者、物理学者、統計学者、コンピュータの専門家などです。
それまでの野球界は、コーチやスタッフといったら、まず野球経験者で固めるのが常識でした。
ですが、まったく野球とは関係ないエンジニア、コンサルタント、データ科学者、物理学者、統計学者、コンピュータの専門家などをスタッフとして入れていったのです。

そのことによってアストロズだけではなく、メジャーリーグのベースボール自体が変わっていったのです。
それまでベースボールのバッティングはダウンスイング、もしくはレベルスイングでまず転がせ。フライは打ち上げるなというのが、これはメジャーだけでなくベースボールの常識でした。
ぼくも高校まで野球部だったのですが、ずっと「ボールを打ち上げるな、ボールを叩きつけろ!」と教わりました。
これは世界中のベースボールが何十年も言い続けてきていた「常識」です。

ですがアストロズは「フライボール革命」というものをメジャーリーグに起こします。
ゴロを打つのではなく、フライを打った方が打つことすべての確率が上がると、エンジニア、コンサルタント、データ科学者、物理学者、統計学者、コンピュータの専門家データによってはじき出されたのです。
バットのスイングする角度までも選手に支持し、そのことで結果が出、結果が出ることで、選手たちは、野球界の外の人間であったエンジニア、コンサルタント、データ科学者、物理学者、統計学者、コンピュータの専門家のデータに本気で取り組みはじめたのです。
すると、年間で400本以上もメジャーのホームラン記録が伸びるなど、数々のメジャー記録が生まれ、すべてのメジャーリーガーたちに対して革命が起きたということです。
もちろんバッティングだけではなく、投手もデータを分析し、デビュー以来1勝もできずに戦力外になった、コリン・マークヒュー投手をアストロズは、3年連続2桁勝利の投手へと育てあげます。
マークヒュー投手のカーブの回転数が、通常2000/分回転なのに対して、2500/分回転のカーブが投げられることを分析し、メジャーで勝てる投手に変えたのです。

フライボール革命も、マークヒュー投手も、きっと今までの常識にとらわれた野球界では生まれなかったイノベーションだと思います。

こうやって将棋やスポーツに目を向けただけでも、イノベーションを起こすには、その世界で凝り固まった場所では起きないということです。

マンガならマンガに縛られない、サイエンスや経済、医学、スポーツ学と取り組むことでの化学変化が、新しいイノベーションを起こすきっかけとなるはずです。

もちろんただ組むだけでは何も生まれてきません。

シンギュラリティに向けて、サイエンスと組むなら何がしたいか。AIと組めば何ができる。VRと組めば何ができる。ホログラムなら、プロジェクションマッピングならといくらでも発想が湧いてきます。

SONY DSC

田中研究室ではすでにいくつか始めているプロジェクトもあり、特に那須観光協会と進めているプロジェクトは4月には実際に形としてスタートすることもあり、連日、急ピッチで制作している段階です。

また昨日、宇都宮大学の先端光工学で世界から注目を集めている、長谷川智士准教授たちと新しい研究をしていきたいと話しています。
長谷川研究室は、フェムト秒レーザーを用いて,金属や半導体,誘電体の3次元サブミクロン構造を高精度に加工して,屈折率・反射率・摩擦・撥水性等を制御することで,材料に新規な機能性を付加する研究を行っているチームです。

フェムト秒レーザーを使い、水の中に、泡をpixel化することで、新しい表現が生まれてくるはずだと、田中は考えています。

つまり大学にとって、ここに書いてきたように、シンギュラリティに向けて、今からの大学はとてつもなく重要な場所となっていくはずです。

そこで「何」をすべきか。
「シンギュラリティに向けて大学はどう変わるり、どう学ぶか」

そういうことです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA